第7話
仮にも"銀行屋"と名乗る身の上として、生徒が要求すれば引き出しや預け入れには対応しなければいけない。僕たちはそれをいつも放課後に旧図書室でおこなっていた。
「なあ、俺は確かに三十万預けたはずだぜ!」
バンッと机の上に足がおかれる。ロン毛にピアス、改造制服と不良の代名詞のような目の前の生徒は嫌らしくニヤニヤしながら文句を言ってきた。
僕はうんざりしながらもう一度帳簿を確認する。どこをどう見ても数百円しか残高が残っていない。
「ですから、確認する限りではお引き出し頂けるのは二百五十七円でして……。」
「だ、か、ら! その帳簿が間違ってんの! 俺の言うこと信じられない?」
いやいや、それを認めたらどんな銀行だって破綻しちゃうでしょ。いくらなんでも無茶な要求に僕はさじを投げた。
「何度言われようとも無理なものは無理です。」
「はぁ~、これだからおバカさんとは話したくないんだな~。」
馬鹿なのはお前だよ、そう言い返したくなるのをグッとこらえる。金稼ぎのためだ、僕は我慢した。
「……ねぇ、マジで俺の話聞かないつもり? なら俺にも考えあるよ。」
ごとりと机の上にナイフが置かれる。おいおいマジかよ、僕は顔をひきつらせた。
「後悔しますよ? 本気ですか?」
「ん? マジもマジよ、マジで殺すよあんた。」
すでに命運は尽き、年貢の納め時である。僕は天を仰ぎ、神に祈った。
「いまさらビビったってもうおせぇぜ?」
ニヤニヤ笑う不良少年に心の中で言い返す。僕が祈っているのは君の分だぞ。
次の瞬間、僕の目の前の客が消えた。
ものすごい勢いで吹き飛ばされたその少年は、旧図書室の壁に激突して動かなくなる。時折痙攣しているところを見るに一命はとりとめているようだ。
旧図書室にいた他のお客さんが怯えた声を漏らすなか、パーカーのフードを深くまで被った一人の生徒が血濡れた金属バットを引きずりながら倒れ伏す不良少年に近寄る。
「ちょ、ちょっと待った!」
僕は慌てて止めに入った。前に立ちふさがると、パーカー姿の生徒が小首を傾げる。
「なんで? 金属バット、威力、足りない。止め、必要。メヒコの常識。」
ぼさぼさの暗い茶髪の少女、
いくつもの犯罪に協力させられた後にようやく警察に保護された
そんな
「メヒコ、対戦車ライフル、あった。金属バット、弱すぎる。」
「アブリル、それは日本では不要なんだ。いいかい、対戦車ライフルやらミサイルやらを犯罪組織が持っているのはメキシコだけなんだよ。」
僕は必死に説得するも、
「
けっきょく僕が手当てをしている間に意識を取り戻した彼はとても怯えた様子でさっさと旧図書室から逃げ出したのだった。
すべての業務を終えた後、僕は
「アブリルもやりすぎだって。人が死んじゃったら警察が来て厄介なことになるでしょ?」
ここ
「そのとき、同じ、警察、殺す。メヒコ、そうする。」
が、
「そもそも、相手、正しくない、暴れる。情け、不要?」
片言ながら正論を突きつけてくるアブリルに僕が答えあぐねていると、心底面倒くさそうなため息をついた
「
しばらくして、腕をさすりながら
「ほんとに気味のわりぃ女だな。どうしたらわかるんだ?」
「さぁ?
退屈げな
今日は"転売屋"が僕たち"銀行屋"に利息を返す日だ。机の上に札束が積み上げられていくその光景だけはいつまでたっても慣れそうになかった。
「利率を下げてくれはしねぇか?」
「あら、それは無理な相談ね。今の利率は適切に設定されているもの。」
「適切、ねぇ。俺たち"転売屋"はちょうど生かさず殺さずがいいってか。」
"転売屋"が商品を独占するためには僕たち銀行屋の融資が必要不可欠となるように、
一週間に一回の交渉の場で
雇い主と取引相手との雲行きが怪しくなっていることを察してか、
「わかった、わかったって。これからもいつも通りで頼むぜ。」
立ちあがった
ビクビクと警戒する僕の肩を
「よっ、昨日は悪かったな。これからも仲良くしようぜ。」
謝った。あの
狐に化かされたような思いで僕は
目を丸くして閉じられた旧図書室の扉を眺めていた僕は、ふと
おぞましいまでの悪意が、僕の背後から伝わってくる。金縛りにあったかのようにぎこちない首をまわして振り返った僕が目にしたのは、
笑っているだけなのに、心底恐ろしい。
パラパラパラパラ……。
ただひたすらに紙幣がめくられる音が響く。
「
僕はようやく気がついた。札束にところどころ新聞紙が挟まれて水増しされている。
どうして? 僕は疑問を禁じ得なかった。
「
「この切り傷の落とし前はキチンと払ってもらわないと、ね?」
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