第4話
それから旧図書室まで連行されていった僕がなんとか
蛍光灯の黄色がかった光が照らす廊下を足早に歩いていく。僕には大切な用事がひとつあった。
「あれ、
偶然通りかかった
「いや、別にたいしたことのない用事だよ。」
弱ったな、あんまり知られたくないことなんだけれど。内心焦りながら僕はそっと手に持つビニール袋を背後に隠した。
「ふ~ん、そうか。なんなのかは知らんけどがんばりぃな。」
「うん、
あんまり興味がないようでよかった。そう胸を撫でおろしながらすれ違う瞬間、僕の右手からバッとビニール袋が奪いとられる。
油断しきっていた僕はあわてて手をのばすも時すでに遅く、
「返してよ。」
「ふんふんふ~ん、いったい
僕が軽く睨みつけるのもお構いなしに、楽しげに目を輝かせながら
「なんやこのタッパーは……。あれ、ただの煮っ転がしやないか。なんかヤバいもんが入っとる思たのに。」
中身を覗きこんだ
「これでわかったでしょ? 別にたいしたことでもないんだ。」
僕のもつビニール袋に入っているのは、今日作ったばかりの料理である。もちろん、けっして危険なものではない。
僕の運んでいたものの正体を暴いたにもかかわらず、
が、ジトッとした目つきの
「やっぱりなんか怪しいわ。うちもついていってええか?」
「ごめん、個人的なことだから。
「
まるで忘れさせはしないといったふうな
諦めた僕が力なく頷くのをみて、
「ただし、途中で見聞きしたことは絶対に口外しないように。ほかの人に迷惑をかけちゃうからね。」
僕はどんどんと迷宮のように入り組んだ校舎の奥へと進んでいった。
窓ガラスは例外なくすべて割れていて、壁の一部は突き破られて暗黒の森が覗いている。床板はあちこちが剥がれていて、一階の廊下が見え隠れしているところもあった。
無論、電灯もつかなくなってから久しいので、薄く差しこんでくる月明りだけが頼りである。
その陰鬱な気配につられて、はじめは意気揚々と廊下を闊歩していた
「あ、あのやな。ビビってるわけやないんやけど、参考までにどこまで行くつもりなん?」
震える声で尋ねてくる
「まだまだ先までだね。怖くなったんだったらひき返そうか? 今ならもとの廊下まで送ってあげるけれど。」
恐怖で体が震えている
「バ、バカなことを言うんやない! 諦めたりするもんか、うちはついていくで。」
次の瞬間、ピカリと眩い光が目の前の廃教室から放たれる。ギャッと狸のような短い悲鳴をあげた
僕よりも身長のある
が、こちらに近づいてくる人影に気がついた
「ひっ、な、なにもんやぁっ! これ以上近づいてくるんなら容赦せんでぇっ!」
へっぴり腰の
「おや、兄貴。あんたもう転校生に手をつけたんで? 先生にバレたらこりゃひと騒ぎになりますよ?」
からかうような悪戯げな声とともに、僕にむけられていた懐中電灯が下げられる。露わになったその人影の正体は、
目を丸くした
「あっ、ごめんや。」
「げほっ、げほっ!」
激しく咳きこみながら、僕は膝に手をつく。すぐ目の前までやってきたその人影、
「兄貴とのお熱い抱擁を邪魔してすんませんね、
廃教室には床に座りこんだ数人の生徒が身を寄せあうようにして僕たちを待っていた。そのひとりひとりに僕と
全員に食事が行き渡ると、示しあわせるでもなく生徒たちは口をつけ始めた。それを眺めながら、僕は教壇に腰かける
不思議そうな
「
「最低限生きていく分のお金すら送られなくなった人たちだよ。」
ここ、
しかし、誰しもがその恩恵にあずかれるとは限らない。
つまりは、生きていくために必要なだけのお金が送られない人もいるのだ。特に
そんな人の辿る末路は決まっている。
高騰する高校内の物価についていけず、かといって何かしらのすべでお金を稼ぐこともできない生徒はただ飢えていくだけだ。
「
「まあ、手助けになるのかはわからないけれど儲けさせてもらってるからね。」
毎日朝昼晩、僕はそういった生徒をこの廃教室に集めて無料で料理を配っている。"銀行屋"の僕がそんな手助けをするのは偽善の中でもとびきり皮肉な行いだけれど、やらないよりましだ。
「それに、なかにはお金が一切送られなくなった人もいる。」
そういった人は、そもそもこの異常な物価が解消されたとしてもこの高校で生きていくことは難しいだろう。
「法律はどうなんや。ネグレクトなんてもんやないやろ、それは!」
「まあ、そこは汚い大人の力ってことで。この高校の生徒の親には政治家も金持ちもいるからどうにでもなるんじゃない?」
現に、教育委員会かどこかが
「それで、くれぐれもここのことは秘密にしておいてね。公になるととても厄介な事情があるから。」
僕はもう
「それってどういうことや? べつにこれはいいことやん。」
「"転売屋"が殴りこみに来るからね。知られるとマズいんだ。」
買占めによって価格の釣りあげをする"転売屋"にとって、食料を無料で配っている僕の活動は目の上のたんこぶだ。最悪の場合、見せしめとして暴力を振るわれてもおかしくない。
「そんときにゃ、兄貴だけは絶対に守りますよ。」
いつの間にか、
「
「そういうことじゃありません。兄貴にはここ一年ちょっとで返しても返しきれない恩ができた。」
気がつくと、廃教室の中にいた生徒がじっと熱に浮かされたような視線を僕に向けている。こんなことは初めてだ。僕はどこか気まずさを感じた。
「俺らはどうしようもねえワルだが、兄貴はそんな俺らにも情けかけてくれたんだ。もしなにかあったら本気で命捧げますわ。」
そう語る
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