第5話
僕が今いるのはいつも訪れている廃教室に負けず劣らずの辺鄙なところにある秋教室の前だった。
ゴロゴロと鳴り響く雷の光が、大きな穴の開いた壁から時折入りこんでくる。空き教室の扉に耳をあててみても、残念なことに雷雨の音でなにも聞こえない。
空き教室に入るべきか悩む。
この前廊下で倒れていたとはいえ、その後に
僕だってここ数日の出来事であの
扉の脇でしゃがんでうんうんと頭を悩ませていると、ガラリと扉が開く。
後をつけていたことがバレてしまうのはまずいと首を竦めるが、急いでこの場を離れようとしている
空き教室の前に僕だけが取り残される。
周囲に誰もいないことを確認した僕はモクモクと好奇心が首をもたげてくるのを感じていた。この空き教室の中に
いけないことだとはわかっていながらも好奇心に負けてしまった僕は、
意気込んで入ったはいいものの、空き教室にはビックリするぐらいなにもない。
かつては地学教室だったのか、岩石の標本がまばらに放置されているだけで机も椅子もない空き教室はとても
いったい
その後、僕がいくら教室の中を見回ってもなにも見つけることはできなかった。まさに骨折り損のくたびれ儲けというやつである。
空き教室の中をうろうろとするのにも飽きた僕は、教室のまんなかに戻ってぐるりと一周見渡してみるも、目に入るのは何度も見た平凡な空き教室の無機質な壁ばかりであった。
もう図書室に戻ろう、そう考えた時になってようやく視界の端になにか違和感を捉える。
なぜか床の一部が白っぽいのだ。近寄ってよく見てみると、結晶状の白い粉が一面に散っていた。
明らかに埃とか砂とかそういった自然のものではない、キラキラと光る粉末を前に僕は眉を顰める。もしかして、これが
僕は一瞬麻薬を連想して脳裏からかき消す。流石の
しばらくためらったのち、僕は懐から取り出したビニール袋にその粉末を集める。光をあてて透かしてみるも、僕にはその粉の正体はいっさいわからなかった。
ズボンのポケットに入れた袋を肌で感じながら廊下を足早に図書室に戻る。
が、あることを思い出して僕は足を止めた。
思えば
僕はあの日に
かといって、他の誰を頼ればよいのだろう。
生憎と、僕には化学について詳しい友人など一人もいなかった。そもそも
いや、実を言うとひとりだけ僕はあてがあった。
が、意識的に候補から外していた。その人物は僕がなにがあっても絶対に近寄りたくないほど苦手だからだ。
雨脚が一層早くなっている。とめどなく鳴り響く雷を背景音にしたその扉はまるで魔王城の城門のようにおどろおどろしく感じられた。
扉に触れた手が重い。目的の生徒が暮らしている教室の前でもなお僕は覚悟を決められていなかった。
内心の不安を押し殺すかのように唇を噛み締めた僕は、腕に力をこめる。背に腹は代えられない、ここまできたのだから最後までやりきるべきだろう。
明るい暖色の照明で照らされた室内の真ん中に、僕の探し人はいた。まるで僕の来訪が信じられないとばかりに目を丸くしている。
「あら?
白衣に身を包んだ
「ほ~ん、理由は明かせんけどその粉末の正体を調べてほしいゆうんか。」
訝しげに
こと化学の分野に限るのなら、
「うちはてっきり
「それは、ごめん。」
恨めしげに文句を言う
「ま、ええわ。やったるで。」
「え、ほんとう! ありがとう!」
実は僕が勘違いしていただけで、
「やけどな、ただっちゅう訳にはいかへん。勿論やけど対価はもらうで?」
「そやな、
恐ろしい条件をさらっと口走った
息ができない。ただひたすらに怯えてその笑顔を見つめることしかできない僕に、
「冗談やって、そないに怯えんでもええやないか。」
パコン。
頭に軽く衝撃が伝わる。グラフ用紙で頭をはたかれた僕が目をパチパチさせるのを
「ほかならぬ
そう胸を撫でおろした僕に、
「それに、うちのことを頼ってくれるっちゅうことは、
あ。指摘されて初めてその意味に気がついた僕は顔を青ざめさせる。もしも、
「心配せんでええ。うちは口が堅いからな。」
「でも、嬉しいわぁ。
僕はひきつった笑みを浮かべながら、やはり
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