第22話
逃げるように闇夜の校舎を駆ける。じっとりとした嫌な冷や汗が額を流れ落ちてやまない。
いったい今日の
なによりも、あの眼。優しげに細められているのにも関わらず、得体のしれない怖気をかきたてるあの真紅の瞳が、頭にこべりついて離れようとしない。
旧化学室にいたあの少女は、いつも教室で話している
いつまでたっても化学室の
ようやく
さっさと
「ごめん、遅れちゃった。」
「………いや、いいんですよ。兄貴は俺たちによくしてくれてんだ、そんくらいのことに目くじら立てる奴はここにはいませんぜ。」
ギシギシと軋む床を忍び足で歩きながら、廃教室に滑りこむ。ビニール袋の中のタッパーを取り出しながら謝る僕に、
「ありがとう。それと、もう一つ謝らなくちゃいけないことがあって、"銀行屋"の仕事がこれから忙しくなりそうだから、しばらくの間はこっちに来れそうもないや。」
"銀行屋"と"転売屋"との抗争の件は濁しつつも、僕は一週間ほどは冷たい作り置きのごはんで我慢してくれるようお願いする。いつもよりも明らかに量が多くなっているタッパーの山を均等になるよう人数分になるよう分けていった。
「それじゃ、みんな取りに来て。」
料理を配る準備をし終えた僕は、教壇のうえに立って教室を見渡す。その時になって初めて、僕は
誰も、動こうとしない。皆一様に押し黙って僕のことを妙に熱っぽい目つきで見つめている。
「………みんな?」
「その仕事っていうのは
僕のすぐ後ろにたつ
僕たち"銀行屋"が
だとすれば――――。
「それってほんとに兄貴にとっていいことなんですかね?」
「………
「簡単でさ、兄貴は
怖くて後ろに立つ
「兄貴はさ、お人好し過ぎるんですよ。だから
「っ!」
じりじりと、廃教室の生徒が教壇にいる僕ににじり寄ってくる。皆一様に熱病に侵されたかのような火照った目つきだ。
もう間違いなかった。
「
「いえいえ、そんなつもりにさせるんですよ。」
逃げられないかと考えた僕はちらりと廃教室の扉を伺う。しかし、そんな僕の浅はかな思いつきはお見通しだったようで、すでに扉の前では一人の生徒が僕を待ち構えていた。
「おとなしくしてもらいますぜ!」
背後から襲いかかってきた
「っ! 放せよ!」
せめてもの反撃として僕の前に回りこんできた
「う、
「ああ、これのことですかい? いや、すこし眠ってもらいますね。」
恐る恐る尋ねる僕に、
一度意識を失ってしまえばどんなことをされてもわからないだろう。ゾッとした僕がなんとか拘束から逃れようとするも、まわりの生徒に押さえつけられた体は一寸たりとも動かせそうにない。
口元に毒々しいほど赤い薬が近づけられる。口をこじ開けられ喉奥に指を突っこまれた僕は思わずえずいてしまった。
しばらくすると、視界がとろけて歪んでいく。急激に襲いかかってきた心地よい眠気に抗うも、意識は白く崩れていくばかりだ。
「これも兄貴のためなんですよ………。」
「……おい、おい。いい加減起きろって。」
体が乱暴に揺さぶられる。ゆっくりと意識を覚醒させた僕は、しばらくの間ぼんやりとした脳みそで真っ暗な周囲を見渡していた。
真っ赤な絨毯にすこし高級そうなソファ。なぜか見覚えがある気もするこの暗い部屋はいったいどこなのだろう。
はっと我に返り、自分が
慌てて体を揺すってみるも、ビクともしない。どうやら僕は床にしっかりと固定された固い木製の椅子に縄でしっかりと束縛されているようだ。
「おい、いい加減こっち見ろって!」
頬に激しい痛みが走る。ジンジンと熱を訴える肌に顔をしかめながら、僕はようやく目の前に
髪の毛を掴まれて無理やり顔を持ち上げられる。荒い鼻息が顔にかかるほど近くに
もう、万事休すといったところだろうか。これから
「あれ、顔は傷つけたらダメなんじゃないんですか。」
「………ああ、そういやそうだったな。忘れてたぜ。」
子分になにやら指摘された
「久しぶりだなあ、
「そうだね。久しぶり、
いきなり僕を痛めつけてこないところを見ると、どうやら
「早速で悪いんだがな、例の鍵、どこに隠したのか教えてくれねえか? アブリルのアマが言うには金庫開けるにゃお前と
気味の悪い表情を浮かべたまま、
「勝手に探せばいいよ。僕が口を割ることはないから、拷問でもしてみれば?」
「いや、そういうわけじゃいかねえんだな。事情があってお前は殴れないんだよ。」
覚悟を決めて要求を突っぱねてみるも、
「なんの事情?」
時間を稼いでいれば
「ま、話してもいいか。俺の支援者様がお前を無傷で手に入れたいってご執心なんだよ。なまじ機嫌を損ねると俺がマズイことになるもんでな、教えてくれねえか?」
支援者?
「なっ、頼むよ! 俺を助けると思って、な?」
ますます疑問が深まるが、それはそれ、これはこれだ。幸いなことに
「断るよ。なにをされても僕は鍵の隠し場所を口にしないから。」
僕は友人である
その言葉を言い切るか言い切らないかのうちに、鋭い拳が僕の腹にめりこんだ。数秒遅れて激痛と猛烈な吐き気がこみあげてくる。
げえげえと胃酸を床に垂らす僕を見つめながら、静かに
「そうか、ならバレないように目に見えないところを痛みつけるな? 死んでくれるなよ?」
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