第27話 1547年(天文十六年)4月5日 新宮館
巳の刻(午前10時前)になった。尼子国久は静かに立ち上がり新宮館の玄関に向かう。
和田坊栄芸から強訴を行うとの文を受け取ったとき、国久は眠れなかった。栄芸は己が起こす強訴は、強訴であり強訴にあらず、尼子と出雲を正しき在り方に戻す正道であると説く。宍道隆慶が山口から舞い戻り、宍道、三沢、三刀屋などの国衆と領内の杵築を除く多くの寺社が呼応すると書いている。尼子宗家はまたもや驕り、おのが欲を満たすため無謀な戦を始めている、此度は信じがたいことに杵築大社が同調している。なんと嘆かわしいことか、杵築は乱心したとしか言いようがない、紀伊守様自ら杵築を正してほしいと栄芸は訴えてきた。
自室に籠り国久は一人考える。兄の息子だからと後見し主に武を持って尼子を支えてきた。親父殿が亡くなってから大内に攻められ尼子は崖っぷちに追いやられた。だが最後には大内の大軍を打ち倒した。武を持って打ち倒したのだ。
これからはどうなる…甥は、晴久は真に棟梁の器なのか。国久は晴久の器量に疑問を感じていた。武にそこまで優れているわけではない。国衆共を束ねるにしてもただ締め付けるだけだ。石見、伯耆、因幡、美作、備後、備中と至るところで戦をしているが勝ち切ったことがない。策も親父殿には遠く及ばん。このままでは大内がまた攻めてくるのは目に見えている。最近は長男を失ったせいか次男を嫡男にし異様にのめり込んでいる。あのように武家にあるまじき行いしかできん嫡男をなぜ野放しにしておるのか。杵築すらおかしくなってしまった。
このままでは尼子の未来が無くなってしまう。さすれば儂がここまで築き上げてきた地位も財も消えてしまう。それはゆるさん。なんとしても守らねばならぬ。
国久は腹を決めた。尼子の実権を握る。晴久一族は滅する。夜明けまで半刻ほどだ。少し眠るとするか。
夜明けとともに息子たちを呼びつけ晴久一族を殺害することを告げる。鰐淵寺強訴に合わせ
「ついにやるのか、父上!あのクソ生意気な晴久を俺がふん縛ってくれる。狐憑きの嫡男は尻を蹴飛ばして童子らしく泣かせてやるわ」
誠久は最近振る舞いが傲岸不遜になり家臣たちも避けるようになっていた。だが国久はこれといって誠久を咎めることはしなかった。晴久の元へ向かう者たちと出陣の準備をする者たちとに一族を分け、国久は晴久のもとへ向かった。誠久をはじめ二十人弱の一族と家臣たちが続く。
館を出て新宮谷に出た頃に飯梨川の方から甲冑に身を包んだ武者たちがやってきた。その先頭に立つのは美作国林野城で城代を務める
国久は声を上げる。
「美作守、何故此処におるのじゃ。いつ林野城からもどったのじゃ」
「今戻ったところにございます」
久盛は短く答えた。
「美作を留守にするとはなんぞ大事でもあったのか」
「はい、鰐淵寺が強訴を起こす故、出雲の一大事ならば美作より一旦戻れとお館様より下知を受けました」
「なんだと…いつ下知を受けたのじゃ」
国久の顔が険しくなる。
「先月にございます。そして今日新宮谷に進めと命を受けました」
「何故、新宮谷に進むのじゃ」
「紀伊守様、それはご自身が一番ご存知のはず」
川副久盛は右手を挙げた。
「この者たちは鰐淵寺の和田坊栄芸と謀り御屋形様を亡きものにしようとした謀反人共だ一人残らず討ち取るのだ」
おおーっ!という鬨の声をあげ兵たちが一斉に襲いかかった。多勢に無勢、アッと言う間に国久、誠久らは討ち取られる。軍勢はそのまま新宮館に向かい館を包囲した。しばらくして晴久が現れた。晴久は一人館の前に進み出て声を上げる。
「聞け。新宮谷の者共よ。謀反人に連なる者たちは容赦はせぬ。だがそれ以外の者たちの命は取らん。おとなしく出てまいれ。一刻ほど猶予を与える」
晴久が下がると館の中で新宮党に仕えていた者たちの親、子、親類縁者が一斉に飛び出してきて口々に叫びだした。
「御屋形様は慈悲深い方じゃ。なんも心配せんでええ。早よ出てこいー」
「お父うー死なんでー出てきてー」
「兄ちゃんー兄ちゃんー早う出てきんさい」
泣きながら叫ぶ家族の声に1人、また1人と館の中から人が出てきた。どんどん出てくる人数が増えていく。
一刻が過ぎた。再び晴久が現れた。
「者共、突入せよ!」
下知が下り川副久盛を先頭に軍勢が新宮館に突入した。さしたる抵抗もなく館は占拠されここに新宮党は壊滅した。国久、誠久、敬久それにその子どもたちは全員打ち首または自害した。
晴久は新宮党一族の死亡を確認した後、休む間もなく川副久盛率いる1500の軍勢と自らが率いる2000の軍勢に出陣を命じた。向かう先は石見大森銀山。銀山奪還を目指す大内軍をしりぞけるための戦に向かった。
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