第66話 1553年(天文二十二年)七月 八雲城

 因幡の統治は順調だ。経験を積んでいるので検地も早い。事務仕事を行う官僚も育って来た。八雲に作った『学校』が噂になっている。家督を継げない武士や農民の次男、三男とかを集めて足軽にしたり土木工事をさせたりしていた流れで、文官を育成しようと寺子屋みたいなのを運営していたが、八雲城を作り出した時から文官希望者が増えたきた。女子も金を稼ぎたいと田畑以外の仕事を探すようになった。町が拡がり物が増えて読み書きできる者が必要とされている。今回の『学校』は転生前の小学校ぐらいの知識を教える。教科書を作るのに多胡辰敬たごときたかや八雲小町が頑張ってくれた。小町の面々は若いし新しい事柄を取り込む力が強い。正直ビックリした。凄いの一言に尽きる。人気も半端ない。俺の予想を軽やかに超えた教科書が出来上がった。新しい流れが生まれているのかな。


 丹後、若狭に対しての銀兵衛と横田衆の調査は終わり次の段階、潜入要員の配置が行われている。これも殆ど終了した。後瀬山城のちせやまじょうを中心に武田の臣下を引き込んだり足軽たちの中にうちの者を潜ませている。現当主の弟、武田信実たけだのぶざねがやってくるのだ。影響力はなかなかだ。今回若狭は基本無血というか戦闘を極力少なくして制圧したいと思っている。若狭武田は疲弊し混乱している。そのうちまた家督相続を巡って揉め事が起こる。横田衆の調査で裏は取れた。それに細川晴元なんかが転がり込んできて相手するのに大変だろ。なので遠慮なく尼子の領土にします。できるだけローコストで手に入れたいものだ。隣の一色も室町幕府の名門というただそれだけで存在しているようなもんだ。そんな国は回収して再生します。なんか尼子は○ンキ○ーテみたいだな。居抜きですか。





 若狭丹後侵攻を決める前に晴久と話し合った。今、混乱する大内を見据えて如何に領国を守り拡げていくか。

「御屋形様、大内領国内の混乱は続くでしょう。陶は国内の引き締めに時間がかかります。今尼子が如何に動くか、お話がしたく、参上しました」

「三郎よ、お前はどう思っているのだ。絵図はあるのか」

「…正直まだありません」

「珍しいな、絵図がないとは。お告げはなかったのか」

 俺は俯いたまま、言葉を繋げた。

「お告げによればこの時期、陶に毛利が反旗を翻し、毛利が大内領を手に入れます。この戦に尼子は関与できません。国内の問題に手一杯でそれどころではないのです。尼子の支配も出雲、伯耆、石見東部だけです。その後、攻め込んできた毛利によって尼子は滅びます。毛利はその後、滅びはしませんが領国を大きく減らします。東からやってくる勢力に臣従することによって家を保ちます」

「なんと、そこまでお告げがあったのか」

「故に悩んでおります。陶と毛利、どちらと組むか、どちらも滅ぼしたほうがいいのか。そもそも組むことが可能なのか。この先を見据えて何が最良か。下手をすれば尼子も相当の痛手を受けるでしょう。国が傾くやもしれません」

 俺は結構踏み込んだ内容を話したと思う。

 俺の力はカンニングだ。自分に『実力』があるわけではない。だからできるだけ沢山の利を得れるように動いてきた。俺が動いた結果が今の尼子だ。そしてカンニングは通用しなくなってきている…強い尼子を造った俺はここにきてビビっている。カンニングできないから。

 晴久が口を開いた。

「三郎よ、お前は尼子が滅ぶお告げを受けそうならないように動いてきたのであろう」

「はい」

「そしてどうだ、まだ尼子は滅びの道を歩んでいるのか」

「…そうは思いません」

「ならば、いいではないか。滅びのお告げはもう気にする必要はない。そもそもお告げがあろうとなかろうと、滅ぶときは滅ぶのが世の常であろう。ただ、滅ばぬように必死に足掻くだけ、先のことなど分からぬのが人の道じゃ」

 俺は顔を上げて晴久を見た。戦国の世を歩き続けている男の顔がそこにあった。永正11年(1514)2月12日この世に生を受け今年で齢四十歳、勝ち負けを何度も繰り返し死線を越えてきた男がそこにいた。その男は穏やかな目で俺を見ていた。

 俺は心が落ち着いた。

「御屋形様、ありがとうございます。この三郎、心が静まりました。今一度、しっかりとした絵図を描くことができそうです」

「そうか、良かった。絵図を描ききったときまた話そうぞ」

「はっ!」



 俺はまず、若狭、丹後に侵攻することを決めた。二国を平定することは間違いなく尼子の力を増やすことであり、この先有利な展開をもたらす。毛利、陶にはそれからでも対応はできる。

 鎧を纏い、軍に進軍命令を出そうと横道と共に整列する兵たちのもとへ向かう。

「三郎様!至急八雲城においでください。御屋形様がお呼びにございます!!!」

 城から伝令が走り込んできた。メッチャ急いでる。

「御屋形様が、何があった!」

 横道が声を上げる。

「とにかく、すぐに城に参るようにとのお下知にございます」

「横道、しばし待機せよ。城に向かう」

「はっ」

 俺は鎧のまますぐ城に向かった。城につくと迎賓館に案内された。?迎賓館?誰が来た。

 使者を迎える部屋に入ると晴久と亀井がいた。その前に二人の男、修験者と坊主だ。坊主はとても若い。

「御屋形様、尼子三郎四郎罷り越しました」

 晴久の横に俺は座る。

「うむ、使者殿、こやつが愚息の尼子三郎四郎じゃ。今から行う会談に参加するが異論はないな」

「はい、尼子の麒麟児様がご臨席くださるのを当方の主共も願っておりました。ご配慮ありがとうございます」

 主共だと、複数形。どいつらだ。

「ではご挨拶を。お初にお目にかかります。私、角都かくずと申します。この若い坊主は安国寺の僧で瑶甫恵瓊ようほえけいと申します。我らは毛利隆元、毛利元就両名の使者として尼子家と盟を結びたく参上いたしました」

 …俺は固まった。角都って毛利の草で盲目の坊主じゃなかったっけ。それに安国寺恵瓊だと!!戦国ハイパー外交僧やんけー!

 んで盟って同盟!!?

 やられた。まじやられた。先手を打たれた。謀神毛利元就。こう来たか!!!



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