第4話 1545年(天文十四年) 4月 横田荘

 晴久との閑談があった次の日、俺は早速横田荘に来た。たたら場を見て回ったあと村下むらげの清三郎を呼んだ。清三郎はじっと俺が差し出した絵図面を見ている。

「どうだ、お前なら出来ると思っている」

 清三郎はなお図面を見ながら答えた。

「若様。必ず作ってみせますけ」

 そう言って顔をあげた。

「あと薪やその他の事に関して、俺が差配してしっかりとした仕組みを作る。たたら場を作り変えるぞ」

「承知しやした」

 俺が見せたのは天秤ふいごの簡単な絵図面だ。江戸時代に生まれた天秤ふいごはたたらの生産量を飛躍的に増やした。これぐらいの技術革新なら可能だろう。ゆくゆくは高炉を作りたい。だがこの時代の技術で作れるのかわからんな。宋にはあると記憶にあるが…ま、これで横田のたたら場を俺が掌握する目処が立つ。

「若様、為清ためきよ殿が参られました」

「お、そうか。通せ」

 本田が来客を告げる。今日の目的の二つ目だ。そうかそっちから来たか。どうしようか考えていたが来たんなら会うの一択だ。

 供回りを二人連れて為清がやってきた。

「若様、三沢下野守為清みざわしもつけのかみためきよ参りました。ご挨拶が遅れ申し訳ございません」

 三沢為清。出雲最大の国人勢力三沢氏の頭首。といっても俺とそんなに年は変わらない。三つほど年上だ。去年元服し下野守を名乗るようになった。晴久は大内義隆を撃退したあと三沢惣領の左京亮さきょうのすけを殺害、目の前の為清を惣領にし、横田を直轄地にした。こいつの親父は尼子のために戦い吉田郡山城で死んだ。晴久はここにきて三沢の勢力を削りに来た。三沢を屈服させるために。俺は晴久に言ったように屈服などではなく直臣にしたいと思っている。どっち付かずの国人などもう要らない。

「気にすることはない。さすが三沢の作りしたたら場。立派だな」

 俺は周りをゆっくりと見回した。なんと言葉をかけるか考えながら。こいつはこの先毛利が攻めてきたとき毛利に寝返り、それからは一貫して毛利に付いたはず。勝久の尼子復興軍にも参加しなかった。それだけ尼子が嫌いなのか、より強き者に従う戦国国人領主の性か、その両方か。

「為清殿、新たなたたら場ではよりたくさんの薪を使う。それを準備するのを手伝ってくれないか」

 為清に声をかけた。為清は後ろの供回りの一人を見た。

「畏れながら申し上げます。いかにすればよろしいのでしょうか」

 供の者が答える。

「三沢の者たちから横田の山で薪を取るための人を出してほしい。雇い賃は出す。また三沢領内で薪を集めて我らに卸してもらいたい。これも銭で買い上げる。今後鉄がたくさん作れるようになれば為清殿にも色々相談することが増えるであろう。その時はよろしく頼む」

「わかりました。早速手配いたします」

 その後しばらく雑談して為清は帰っていった。

 三沢は様子をみながら銭で懐柔するか。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「殿、三郎さまのお達し、とりあえずはお聞きする方がよいかと」

近習が三郎の命に対する対応を述べた。

「分かった。差配はまかせるぞ」

 三沢為清は先程会った尼子三郎の事を考えていた。わざわざ会いに来てみれば村下と絵図面を見ているとは何を考えている。横田を自分の物のように扱うあの様、腹が立つ。まさか大内が負けるとは思いもしなかった。結果、横田荘を取り上げられてしまった。

為清はしばらく様子を見ることにした。機を見て必ず横田を取り戻すと誓いを新たにしながら。



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