第59話 1552年(天文二十一年)4月〜 備後、備中、備前、因幡、石見、少しだけ八雲城

 天文二十年十月、陶隆房すえたかふさが備後国衆の動揺を抑えるため毛利元就を向かわせたとき、元就に送った書状に【京都の御下知】という文言がしたためてあった。陶は主君弑逆を私怨ではなく上様の指示であると説明し、国衆たちの心が離れるのを抑えようとした。そして同年十二月、陶晴賢すえはるかたと名前を変えた。この【晴】の字は誰の偏諱なのか?この時の将軍は足利義藤、【晴】の字はない。義藤の父、足利義晴が五月に亡くなっている。

 天文二十一年三月三日、大内晴英おおうちはるひで(大内義隆の元猶子)を大友氏より迎え新たな主君とし、陶晴賢の一連の大内家改革?は形の上では完成した。陶は主君である晴英の【晴】の字をもらい名を変えたのか。よく分からん改名だが、とにかく大寧寺の変の裏には幕府が絡んでいるのだろう。しかし幕府は常に味方とは限らない。


 天文二十一年四月二日、将軍足利義藤(後の足利義輝)は尼子晴久を伯耆、因幡、美作、備前、備中、備後の守護に任じた。出雲、隠岐を合わせて尼子家は八カ国の守護大名となった。中身はともかく見た目は中国一の大大名である。

 陶晴賢は怒り狂った。自分は今まで幕府のために何年もかけて準備をし下克上を成し遂げた。その結果がこれか。幕府は大内を見捨てるのか。今すぐにでも尼子領に侵攻したいのだがそうは行かない。大内領内は不安定で内乱のような状態が続いている。他国侵攻より国内引き締めが最重要課題なのだ。

 この決定の影響をもろに受ける勢力がまた一つ、毛利家である。備後、備中はここ数年で親尼子勢力を一掃し、毛利家が影響下に置いた国である。幕府が守護に任じた以上、尼子は備後、備中に攻めいる大義名分を得たことになる。それでなくても最近の尼子は新見庄に進攻し、備後国境付近で軍勢を動かしている。攻め込む気満々なのである。国衆たちは表面的にはともかく裏で動き出した。強いのは誰だ…いつものことである。毛利家は安芸を抑えていると言ってもいいがあくまで大内傘下の国衆筆頭である。まだ大内あっての毛利なのだ。

 備前においても守護を剥奪された赤松家の宿老、浦上政宗が主家からの独立の動きを強め尼子に接近しようとしていた。

 但馬の山名祐豊やまなすけとよも陶と同じく怒りを露わにしている。伯耆をとられ、因幡まで!少なくとも因幡には尼子勢力はいないというのにどういうことだ!山名祐豊はひそかに伯耆への侵攻を決意する。


 とにかく幕府のこの措置が引き金となり戦端が開かれることになる。


 備後において動いていた杵築の御師に喰いついた者がいる。備後北部、旗返山城はたがえしやまじょうの江田氏。明確に尼子側についた。

 甲山城の山内隆通やまのうちたかみちは密かに毛利から距離を取る。塩冶の乱以降尼子と山内氏の関係は良好とはいえず、神辺城落城後、山内隆通は毛利に与するがここに来て再び尼子とのヨリを戻そうとするのだろうか。

 窮地に陥ったのは比叡尾山城の三吉隆亮みよしたかすけだ。このままでは北から尼子、南から江田氏と挟み撃ちだ。たまらず元就に救援を申し出た。

 備中においても動きがある。尼子の侵攻以降、庄為資と三村家親の間には不協和音が響いていた。尼子駐留軍は三村氏の鶴首城を蜂の巣にしたが庄氏の松山城には指一本触れていなかった。駐留軍が出雲に帰還した後、新見から御師と商人、そしてなんと『歩き巫女』が松山城下に頻繁に訪れ領民たちに物を安く売り、色香を振り巻き、杵築詣でに参れと触れ回った。だが鶴首城には誰も行かない。備中の民百姓は庄為資は尼子に寝返ったと口にする。いくら否定しようとも焼け石に水だ。今日も酒を飲み、美味いものを食い、【巫女】の下にお告げを聞きに行く男どもが集まってくる。

 三村家親は如何様にも動くことができず、ただただ松山城を見ているしかなかった。そして一つの結論に達する。いっそこのまま尼子に寝返ってしまえ。さすれば儂がお前を討って備中一国を手に入れようぞ。

 そして願いは届き、庄為資はついに尼子に寝返った。


 ここに『備中内乱』が始まるのである。


 石見では陶方の益田藤兼ますだふじかね吉見正頼よしみまさよりの居城、津和野の三本松城に攻め込んだ。石見でも戦が始まった。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 八雲城の本丸の一室で尼子三郎四郎が一人の僧と向き合っている。僧の名前は知足院宗省ちそくいんそうしょう。伯耆国久米郡亀谷村にある知足院という寺の住持である。

「宗省、相模国の北条幻庵殿の元に向かい、尼子と北条の渡りを付けよ。船を使って交易を行いたいと伝えるのだ。行く行くは盟約を結びたいと示し、相手の様子を伺え。俺は是非とも北条と結びたい。よろしく頼むぞ」

「ははっ。この宗省、命に変えても三郎様の願いを成就させまする」

 三郎の新たな動きが始まっている。

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