第60話 1552年(天文二十一年)5月 安芸国
毛利元就は便りを待っていた。清水寺の
尼子が国作りに集中し始めた頃、もう一つのことにも力を入れだした。国内に潜んでいる【草】の炙り出しと排除である。尼子の忍びといえば鉢屋衆であり彼らは基本荒事師である。戦働きが主であって、間諜のような仕事は不得手だ。よって間諜を見つけるのも上手ではない。しかし尼子の嫡男が新たに雇った忍びは甲賀者。謀に長けている。その者達を使い徹底的に他国の草を調べ上げた。草と分かると鉢屋がやってきて始末する。毛利は始末される前に草を助けようと世鬼をできるだけ放った。そのうち尼子は草だけでなく世鬼も刈ろうとしてきた。こうなったらもう忍び同士の合戦だ。特に出雲と石見で両者は激突しお互いにそれなりの被害を出している。結果尼子領内において、他国の草はほとんどいなくなった。長海は数少ない生き残りのうちの一人である。そのようななかで、吉田に知らせを送るのは非常に困難且つ、命がけの仕事である。尼子の評定の場が八雲城に移ったことも、知らせが滞る理由であろう。安来から八雲は少々遠い。
「大殿、
近習が大内、いや陶晴賢からの使者の到着を告げる。そうか、来たか…来てしまったか。長海の知らせを元に策を練ろうと思っていた元就であったが、その望みは絶たれた。
(今の時点でどれだけ間に合う策ができるかのう…)
元就は当主隆元のもとに向かった。江良殿に会う前に抑えておくべきことを確認するために。
「尾張守殿(陶晴賢)は軍勢千人を持って毛利殿と力を合わせ謀反人、江田氏を討伐せよと儂に命を下さった。よろしくお頼み申す」
「こちらこそよろしくお願いいたします。して、尾張守様は備中に対しては如何お考えにございましょうか?」
毛利家当主、毛利隆元は長門からの使者に問うた。房栄は答える。
「備中に関しては三村と合力し事に当たれとのこと」
「なんぞ助力は頂けるのでしょうか」
「いや、とくに助力に関してはお話はありません。思うにまずは備後を鎮めたあと、私が備中に進めとの指図かと」
これを聞いた隆元は、顔を歪めてしまった。当主としてはまずかったか。
「兵は出せずとも兵糧や軍資金などの支援もないのでしょうか」
元就が続けて問を放つ。
「…そうですな、長門に使者を送りましょう」
「よろしくお頼み申します」
元就が頭を垂れる。
「では、明日にでも旗返山城に向けて出陣しましょうぞ」
江良房栄は部屋を出ていった。
「くそっ、陶は毛利をなんだと思っている。たかが千ほどの助成で備後、備中を鎮めよと。儂らを使い潰す気か」
隆元は怒りが収まらない。
「そう熱くなるでない。やることはかわらぬぞ」
「父上、尼子の動きいかんではどうなるか分かりませんぞ。その事を陶は知っているはず。なのにこれですか。備後、備中は失っても構わないのですか」
「大内領内も直に落ち着くじゃろ。そうなれば援軍も増える。それに此度の戦、陶殿に我らの力を示す好機じゃ」
元就は隆元を宥めた。まず今は反乱を抑えるが最優先。
「隆元、但馬に使者を送れ。山名が伯耆に進むなら美作を突く。又は共に備前を攻めても良いと」
「父上…」
「この戦すぐに終わらすぞ。毛利の力の見せどころじゃ。そしてその先に進まねばならん。隆景に三村と共に庄為資を討ち取れと告げよ。その後は追って沙汰を出すゆえ軍勢は備中に残せと伝えるのじゃ」
「分かりました。とにかく目の前の的に集中致しまする」
「うむ、明日から戦が続くぞ。元春にもしかと告げよ」
毛利元就と毛利隆元は自身の気持ちを強引に切り替えながら、明日からの戦に備えた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
吉田郡山城に長門からの軍勢が入ったとの知らせを受けた小笠原長雄は出陣の準備を速やかに行った。山吹城から千の兵を率いて本城常光が
「小笠原殿、軍勢の総大将に任じられおめでとうございます。いつの間に御屋形様の信任を得たのか、コツなど教えてくれませんかな。カッカッカッ」
「相変わらず遠慮がありませんな、本城殿。こちらこそよろしくお願い申す。副将殿」
この二人すっかり気脈が通じ合い良き間柄である。石見の尼子領をしっかりと守ってきた。最近は三郎の指示で合同調練を行っている。
「さて、さっさとお役目を務めて温泉津でゆっくりしましょうぞ」
「実は最近、温泉津の新しき宿屋に器量良しのオナゴが入りましてな。何でも【歩き巫女】だとか。これがなんとも、風情があって賢く、それはそれは見事な舞を披露するとか」
「おお、巫女ですか」
「はい、まずはその出で立ちからして他の女とは違い………」
本城の長話が始まった。小笠原も慣れたもの、程よく聞き流している。しかし、出陣前になんとも緊張感のないことこの上なし。この二人大丈夫なのだろうか?
尼子の軍勢二千五百は備後の比叡尾山城に向かって進軍を開始した。
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