第53話 1551年(天文二十年)8月 備中国 鶴首城
三村家親はその指示を聞きすぐに草の選抜を指示した。
(連歌会…なんとも風流じゃがちと浮かれすぎじゃろう)
家親は少し侮蔑を込めた目をして使者との謁見場から退出した。
天文十八年九月四日、備後神辺城が落城した後、尼子は他国への侵攻を行わず領内開発に注力している。大森銀山から産出される銀を元手に南蛮貿易に励み富を増やしている。そして出雲の塩冶に大きな城を建てだした。城下に町を作り山口に負けぬと人を呼び込んでいる。まさに大内に張り合うように銭を使っている。家親からすれば何と馬鹿げたことを行っているのだ、の一言だ。
三年前、新見の庄で尼子と戦い結果退却したが、家親は負けたとは微塵も思っていない。確かにあの百姓共は想定外だったがあんなことは何時も起こるわけではない。鉄砲を少し持っているようだが、所詮欠陥品だ。運用するにも銭がかかりすぎる。あの戦で尼子の戦下手が証明された。
戦が終わった直後は意気消沈していた家親だが月日が立つに連れ気を取り直し今では尼子なんぞ恐れるものぞ、次こそは息の根を止めてくれると立ち直っていた。
実際新見氏の
家親はこのままで終わるつもりはない。庄氏とは争えないが備前の浦上なら遠慮はいらない。隙さえあれば美作にも進出するつもりで準備をしている。尼子が励むように自分も励んでいるのだ。銭儲けではなく戦の準備をしているのだ。驕れるものは足元を掬われるのが世の常だ。せいぜいこの世の春を楽しむが良い。さて兵糧の準備はどうなっているか、確認するべく家親は城に向かっていった。
八月二十六日寅の上刻(午前3時)。楪城城主、
「殿、敵襲にございます」
「なんだと!誰じゃ」
「わかりませぬ。三の丸に焙烙玉が投げ込まれ火がついております。火を消そうにも玉の数が多く消したそばからまた火がついております」
焙烙玉じゃと。村上…ばかな水軍衆が来るわけがない。
「敵の数はいかほどじゃ」
「わかりませぬ。搦手口には敵がいないのでそれほどの数ではないはず」
「二の丸から見えぬのか」
「まだ日の出まで時があるのでよう見えませぬ」
昨日の夜に軍勢が動いているという知らせはなかった。どこから軍がやってきたのだ。親成は甲冑を身に着けながら考える。
「尼子か…城の普請で忙しいはず。じゃが」
親成の思考は入ってきた足軽の知らせで途切れた。
「三の丸落ちました。敵勢二の丸に向かっております」
「簡単には二の丸は落ちん。くい止めろ。富谷大炊助殿に使いを出せ」
楪城の南十二町(1.3km)の距離に朝倉城がある。楪城の出丸と言っていい城だ。富谷大炊助は朝倉城城主だ。
もう三の丸が落ちただと。早すぎる。だが二の丸と三の丸の間には大堀切がある。簡単には登れん。甲冑を着込み槍を携えた親成は本丸を出て二の丸に続く帯曲輪に向かった。二の丸に近づいたとき中の足軽たちが倒れていくのを見た。倒れ方を見て気づく。矢が飛んできている。しかも大量に。二の丸の上から矢襖が落ちてきている。そして焙烙玉も飛んできた。二の丸の中で爆発音が鳴り響く。足軽たちは曲輪のはしに近寄ることができず帯曲輪近くに退いている。
雨のように降っていた矢が止まり。焙烙玉も鳴りを潜めた。奇妙な静寂が二の丸を支配する。
親成の目に赤い灯火が映る。一つではない。数多く。そして
『パパーン!!』
乾いた鉄砲の音が響き足軽たちが倒れていく。目の前の赤い灯火は増えていく。そのたびに音が響き、成す術もなく倒れていく足軽たち。
「親成様、危のうございます。本丸へお戻りください」
本丸まで退いた親成は南の方から上る赤い炎に気づいた。
「あれは、朝倉城か」
炎の位置は先程伝令を走らせた朝倉城に間違いはない。
本丸の下には追い詰められ逃げてきた足軽たちに遠慮なく焙烙玉が投げ込まれだした。鉄砲の音も止まることはない。
「ばかな、こんなに早く城が落ちるのか」
親成が起きてまだ半刻も経っていない。
「親成様、もう持ちませぬ。急ぎ搦手から引きましょう」
「っく。者共、
三村親成は城を脱出し兄の元へ落ちのびていった。
八月二十六日卯の上刻(午前5時)を過ぎた。日の出が近い。
尼子三郎四郎は燃える楪城を見ながら大きく声を出した。
「新見庄よ、私は帰ってきた!!!」
そばで近習が帳面にサラサラと三郎が発した言葉を書く。帳面の表紙には
『大黒語語録』
と書いてある。今出雲で売れまくっている書物だ。
「よし、次にいくぞ」
「御意、全軍塩城山城に向かう!」
横道の下知で足軽たちが動き出す。
「熊谷、後はよろしく」
「はっ」
天文二十年(1551年)八月二十六日、尼子三郎四郎率いる尼子直轄軍三千名は、三村家親が治める新見庄に侵攻した。
従う将兵は、
尼子軍はわずか一日で、
八月二十日、毛利元就は大内の安芸支配の要である佐東銀山城を占拠し周防と安芸の国境を閉鎖した。
西国、いや日の本の行く末を大きく変えた大寧寺の変は目前に迫っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます