第2話 1545年(天文十四年) 2月 月山富田城
「若様、このような所に。和尚さまがお待ちですぞ」
「すまん。考え事をしていた」
守役の
和尚に挨拶をし、書を読む。今日は孫子だ。孫子はそれなりに読んだが有名な文書しか覚えてない。敵を知り己を知れば…だな。この身になって兵法書を読むのは何か違う。今まで以上に真剣に読む。
「三郎さまはとても熱心ですな。覚えも早い。教え甲斐がありますぞ」
「そう言ってくれると嬉しい。まだまだ励むつもりだ」
「…励みの先に何を見すえておられますかな」
「何を…か。」
書から目を離す。視線の先には壁があるがそれをみているわけではない。しばらくして呟くように声が出た
「…やり抜くこと、かな」
「ほう。左用でございますか。それはなかなかに難しき事かと」
「そうだろうな。やれるとこまでやるつもりだ」
和尚は柔らかい目をして俺を見ていた。少なくとも俺はそう感じた。
三日三晩高熱が出て生死の境を行ったり来たりしたがこっちの世界に戻ってこれた。
元気になって父上に会いに行くと、とても喜ばれ守役が付いた。
俺は山陰の雄、出雲を拠点とする尼子家の嫡男になった。いずれ将軍から偏諱を受け尼子義久と名乗るのだろう。だが尼子義久の前途は暗い。俺の知る限り尼子は滅び、義久は毛利の監視下に置かれ軟禁状態のまま一生を終る。尼子勝久率いる尼子再興軍にも関わることはない。床から起き上がったあとずっと考えていたがどうやらこの認識は正しいようだ。
つまらん人生が待っている。どうしたものか…
出した結論は【やり抜く】。俺が知ってる知識はアドバンテージだとは思うが、だからといって神様のようになんでも自分に都合よくできるのかといえば否だろう。どうなるかは分からない。ここも人が生きている世界、皆が自分の都合で生きている。倒れなかった者が残る。
本田家吉を呼付け質問攻めを行なう。おもに出雲の国情を聞く。若は聡い、神童だと本田は大喜びだ。
富田の城下町にも暇があれば出ていく。実際に見て、聞いて考える。
和尚には色々習っている。武家の作法などはなかなか難しい。和歌も難しい。だが面白いな。
色々試しながら2ヶ月が過ぎた。少しずつ身の回りのことがわかっていった。だがまだ足りない。己を知り、敵を知る。まず己だ。次に杵築と塩冶…それに鰐淵寺。行ってみるか。
尼子の強みは何と言っても鉄だ。これを更に強化する必要がある。生産量を増やさなくてはならない。富田の城下町にもたたら場はあるが富田は狭い。川沿いに町が広がっていて中海まで繋がっている。水運はいいがこの面積では開発がすぐに頭打ちだ。やはり三沢の直轄領が都合がいい。父上に直訴するか。なんと言ったら受け入れてもらえる?ハッタリにかけるか。
2年前に月山富田城で大内義隆を打ち破り吉田郡山での大敗をチャラにした尼子。実のところそれほどチャラになっているわけではない。大森銀山(石見銀山)をどさくさに紛れて奪取したことでポイントを稼いだが、出雲国内の特に西部の者共は当てにはならんことがまたまた証明された。尼子の権力基盤はホントに弱い。晴久は尼子宗家に権力を集中すべく動き出してるはずだ。その流れを加速させ同時に俺自身の権力装置を作る必要がある。新宮党粛清についても熟慮しなければ。あと何年後に起きるんだっけ?
やらねばならんことが満載だ。一つ一つ出来ることをやっていこう。
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