第51話 1548年(天文十七年)6月 月山富田城

 宇龍の港に明船(ジャンク)が入港してきた。五月を過ぎると西南西の季節風に乗り大陸から船がやってくる。宇龍、杵築(湊を増やした)、美保関、鷺浦と四つの湊に明船が入ってくるようになった。想定以上に船がやってきている。島根半島(出雲半島?)を横断する街道の整備が必要になっている。

 もちろん輸送の主役は船、水運だ。斐伊川西流、東流、宍道湖、中海を使って物資を運ぶ。斐伊川、神戸川、飯梨川は奥出雲にも繋がっている。尼子領内に大陸からもたらされた富が、物が回っていく。確実に民百姓の暮らしが良くなっていく。石見からの人の出入りは既に去年の倍になっている。関所があるが銭は取らない。山陰道には温泉津、宍道、安来、米子、東郷に関がある。そして杵築詣でのため急いで宿場町を整備している。尼子主導の杵築詣では軌道に乗ってきた。大黒様を崇める民百姓はどんどん増え、こぞって杵築にむかう。御師の活動も精力的だ。農作物も増え、海での漁業も活発化している。尼子領内における経済活動が活性化している。右肩上がりの経済発展が天文十七年を起点に始まろうとしているのかのようだ。


 中海の大根島で朝鮮人参の栽培が上手くいき、今年から出荷できると報告が上がってきた。まだ三年物だ。この先もっと年季が入った人参も作れる。高く売れるぞ。それと舟だ。いま大根島は一大造船所になっている。ここで作られる小早が尼子の水運を支えている。今後大型船も造る。


 六月五日、明船から一人の南蛮人が宇龍湊に降り立った。名をアルノルト・ヘンスケスという。ヘンスケスを連れてきた村上右京亮景宗から知らせを受けた俺は一目散に宇龍に直行した。景宗はアユタヤに行き、現地の船大工に明船を注文した。そしてアルノルト・ヘンスケスに出会いスカウトした。ヘンスケスは船大工で、乗っていた船が難破しアユタヤに流れ着いたそうだ。船には商人もいたらしいがその者は死んでしまったらしい。通訳を兼ねて胡海こかいという明の商人も一人連れてきた。

 俺と本田、景宗、横道、ヘンスケス、胡海の六人で横田の館で会談をする。

「ヘンスケス、お前の故郷は何処だ」

 胡海に通訳させながら話を進める。

「ネザランドのアムステルダと言ってるよ」

 おー。オランダ人か。景宗、いいヤツを連れてきたな。

 キリストを敬っているのか、カトリックなのか聞いてみる。答えを聞いたら予想通りプロテスタントだ。

 よし、通訳介してるからズバッといくか。回りくどいのは無しだ。

「ヘンスケス、俺に仕えろ。この地で船をつくれ。ネザランドがエスパニアに負けない様に応援してやろう」

 胡海の話を聞いたヘンスケスはメッチャ神妙な面持ちをしていた。そしてゆっくりと頭を下げた。

「三郎様にお仕えするそうです」

 胡海の言葉に俺は大きく頷いた。

 俺は紙と筆を近習に持って来させた。一字一字しっかりと漢字を書く。

「ヘンスケス、お前に名をやる。これが今日からお前の名前だ。辺須亜留戸へんすあるとと名乗るが良い」

 次に俺は村上を見た。

「村上景宗、お前を正式に南蛮船奉行に任ずる。与力として辺須をつける。南蛮船奉行は極秘事項だ。お前の周りには当面の間、常に横田衆が護衛につく。景宗、これからの尼子は海を目指す。無論日の本の一統も目指す。よいか、お前の肩に尼子の未来がかかっていることを一時も忘れるでないぞ」

 景宗の顔は引き締まり、目は力に溢れている。よし、いい感じだ。

「ありがたき幸せ。必ずや三郎様が満足される働きをいたしましょう」

 これでまた一歩踏み出した。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 アルノルト・ヘンスケスは宇龍の港に降り立ったとき軽い驚きを覚えていた。自分が乗ってきたジャンク船以外に三艘もジャンク船がいたのだ。港にはそれ以外にもたくさんの見慣れぬ船があり物資を運び込んでいた。ジパングの船だろう。荷を下ろす船もある。故郷のアムステルダムのようなこれからどんどん発展していく熱気を感じていた。ジパングにこんな港があるとは思っても見なかった。


 船が難破し、アユタヤにたどり着いたが知っている者などいるわけもなく、途方に暮れていた自分を景宗が誘ってくれた。アユタヤはジパングの人間が多く、小さな街まで出来ていたがまさかジパング本国に来ることになるとは。生きていればいろんなことがある。景宗に自分が仕える主君に会ってほしいといわれ特に断る理由もないので、言われるままついてきた。事前に色々教えられたが主君はイズモの王子で次期イズモ王だという。まだ九歳だがとてつもなく聡明でイズモの神の加護を受け、間違いなく偉大な王になられる方だと景宗は雄弁に語っていた。

 まったく、ほんとか?ま、会ってみればわかるだろう。上手いこと取り入ればとりあえずは安心だ。

 川を遡りヨコタという王子が治める領地へ向かう。故郷と違って山が多い。新鮮だった。ヨコタは殆ど山だ。畑は貧しいだろうなと思ったが、多角形の形をした水を張った畑に青々とした植物が育っているのを見てなかなか食べ物がたくさん採れるのだと感心した。これも王子が成し遂げた偉業であるという。ふーん。


 遂に王子と対面するときが来た。確かに、間違いなく子供だKindだ。顔には出さぬよう気をつけたが全く滑稽だ。周りの大人たちはさぞかし大変だろうと思っていたらコカイが王子の言葉を訳して伝えてきた。国の名前と街を答えると王子は納得しているようだった。?何に納得してるんだろう。しかし次の質問を聞いたとき耳を疑った。我が主キリストの御名のみならずカトリックだと!この子はキリスト教徒なのか。混乱したが質問をもう一度聞き直し、私はプロテスタントだと答えた。王子は納得している!そうとしか考えられない表情を浮かべていた。

 そして次の質問で私は恐れを抱いた。エスパニアと戦うわが祖国を応援してやると、だからこの地で船を造れと言われたのだ。なんだそれは、ありえない!!…目の前の子供は神か悪魔か。東洋の神秘が目の前に顕現している。

 私はその命に従った。従うしかなかった。そして新たに名前を頂いた。

『へんすあると』これが私の新たな名前となった。





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