第31話 1547年(天文十六年)4月6日 山吹城

 小笠原長雄おがさわらながかつは六日の卯の刻(午前6時)手勢二百を引き連れて居城の温湯城を出発し山吹城に向かった。本日午後に問田隆盛殿率いる軍勢がやってくる。その数はいくらなのか。福屋も来ると言っていたが、かの御仁は長くはいないだろうから問田殿がどれだけ軍勢を引き連れてくるか気になるところだ。

 どちらにせよ山吹城に入ってしまえば特に問題はない。今後長門からの増援は増えるであろうし、福屋、益田と連携しておけば尼子も簡単には兵を挙げんだろう。

 これを機に大内に肩入れするとするか。領内で強訴が起きる尼子はもうだめかもしれんな。

 山吹城についた長雄は城門の前で声を上げた。

「開門せよ。小笠原長雄じゃ」

 しかし門は開かない。

「何をしておるのじゃ、すぐに門を開けい!」

 すると城門の上から一人の武将が声を上げた。

「これはこれは小笠原殿、お久しぶりでございます」

「おお、本城常光殿か」

 声をかけてきた武将を長雄は知っている。高橋家の庶流で高橋家が毛利に滅ぼされたとき尼子を頼って出雲に流れていった本城常光だ。なぜそいつがここにいる?出雲のどこやらの城代ではなかったか。儂が城に忍ばせていた者共はどうしたのだ。

「本城殿、いつ山吹城に参られたのだ。このまま話すのも首が疲れるので中に入れてくれんか」

「わかり申した。しばし待たれよ」

 暫くして城門が開いた。

「さ、さ、小笠原殿中へ」

 長雄は近習を伴って三十名ほどの人数で中にはいった。城の中に忍ばせておいた者達を探す。しかし見当たらない。それに尼子の兵が以前より多い。

「どうなされた。何かありましたか」

 本庄常光が聞いてきた。

「いや、なんでもござらん」

(何をしているのじゃ、早うせんと問田殿が来てしまう。間に合わんではないか)

 長雄は探りを入れることにした。

「本城殿、先程お聞きしたがいつ山吹城へ入られた?」

「四月三日に入りました。御屋形様の命により山吹城の城代を任されました」

「ほう、三日ですか。なにかありましたか」

 本城常光はよく聞いてくれたとばかりに喋りだした。

「実は、小笠原どの。ここだけの話ですが、尼子領内で強訴が起きるとの噂が有りまして」

「なんと、どこの寺社が強訴なぞ起こすのですか」

「それが鰐淵寺です。なんでも杵築大社が鰐淵寺と袂を分かつとか、それに対して強訴を行うと。ただこれだけで事は収まらないのです」

「どういうことで」

「鰐淵寺の和田坊栄芸は強訴を期に反尼子勢力に合力せよと檄文を飛ばしました。のこのこそれに乗る阿呆がいないと思っておりましたが事情が変わりました」

「なにが変わったのです」

「長門より宍道隆慶が出雲に舞い戻ってくると。いやはや、尼子憎しの者共は色めき立ちまして。我も我もと強訴に合力しようとしたのです」

 長雄は話を聞きながら生きた心地がしなかった。本城の話した内容は自分が知っているのと全く一緒だ。このように話すということは。。。

 今回の強訴騒ぎの全貌を尼子は知っている、すなわちもうすぐ問田隆盛が山吹城に進軍してくることを知っている、この小笠原長雄が山吹城を占拠し、大内に鞍替えしようとしていたことを尼子は知っている。知っていて自分を城内に招き入れた…

 なんとか口実を作りこの場を退去しようと長雄は思ったが、尼子の兵がやってきて本城に報告した。

「城代殿。問田隆盛率いる大内勢、城に向かって来ております。その数およそ四千」

「相わかった。者共、戦の準備だ。おお、そうだ、小笠原殿、城の周りに伏兵として兵を配置してくれませんか」

「は、は、伏兵とな」

「そうです。小笠原殿の助力あれば大内などひと捻りよ」

 かっかっかっと笑う本城常光を見ながら小笠原長雄は冷や汗を流し続けた。もうこうなったら仕方ない。潜り込ませた者たちは切られたのであろう。本城の言うとおり伏兵として兵を配置する。

 じりじりと長いか短いか分からぬ時間が過ぎ問田隆盛率いる軍勢が山吹城の下に現れた。

「城に迎え。小笠原長雄殿に到着を伝えよ」

 伝令が山吹城に駆け上って行く。

「問田隆盛が率いる兵四千。只今到着した。小笠原長雄殿、開門をお願いする」

 大きな声で伝令が叫ぶ。

 長雄は唇を噛み締めた。何を言ってくれる、この馬鹿伝令め、切り捨ててくれようか!

 飛び出そうかと思ったとき城門の上に先ほどと同じように本城常光が現れた。

「小笠原長雄殿はおらん。ここにいるのは尼子家山吹城城代、本城常光である。問田殿に伝えよ。そうそうに長門に引き返せとな!」

 伝令は踵を返し大急ぎで問田のもとへ疾走っていく。報告を受けた問田隆盛は目を剥いたあと考えに沈む。

「小笠原は…これは、謀が露見している?」

 悪いことは重なるものだ。新たに伝令が走ってくる。

「申し上げます。尼子の軍勢、約四千、湯里に現れました」

「いかん、退路を絶たれる。全軍引き上げるぞ。瑞泉坊の脇を抜け南に下るのだ」

 問田隆盛の判断は早かった。軍勢は一斉に来た道を戻る。

「よし、今だ敵を追い落とせ!」

 本城常光は軍配を振った。城から尼子勢が討って出た。

 山吹城に登るには途中に勾配のきつい坂がある。降露坂こうろざかという。大内勢はこの坂で行軍速度が大きく落ちる。狭い道でごった返す兵たちに尼子軍が襲いかかった。次々に兵が打たれ坂を転げ落ちて行く。討たれまいと進んで坂を転び落ちる者も多い。いや、その方が早いか。まともに歩く余地がないのだ。

 問田隆盛と福家隆兼はなんとか坂を下り瑞泉坊に向かう。向こうから尼子の軍勢がやってくるのが見えた。道を外れ林に突っ込む。見つかってしまえば終わりだ。やってきた尼子の新手は坂を落ちてきた大内軍を蹂躙する。二人はそれぞれの近習に守られながら落ち延びて行った。


 大内の大森銀山奪取計画は失敗した。この戦いで長門に帰還した大内兵は二百もいなかった。福家兵も数十人しか本明城に辿り着けなかった。



「本城越中守常光、大儀であった。大内の軍勢を打ち破り山吹城を守ったその手腕、誠に見事。そちを正式に山吹城城将に任ずる。これからもしかと大森銀山を守りとおすのじゃ」

「は、御屋形様のお下知、命に変えても全ういたします」

 尼子晴久は山吹城に入り戦に参加した諸将と兵士たちを集め戦後処理を始めた。

「これから大森銀山には尼子より銀山衆を派遣し新たな試みを行う。今いる金堀衆とも話は付いている。そして温泉津に銀山町を大きく造る。湊を新たにし、街道を整え、民が多く暮らす街をつくる」

 ここまで話して晴久は小笠原長雄を見た。

「小笠原殿におかれては、これからも尼子と共に大内の侵攻を食い止めてほしいものだ。よろしいかな」

「はっ、これからも良しなにお願いいたします」

「うむ、近々富田にこられよ。色々話したいこともあるのでな」

「ははっ」

 小笠原長雄はやっと心が落ち着いた。変な汗も止まった。とりあえず乗り切ったと安堵した。もう大内に味方することは叶わんな、しょうがないか。しかし、尼子の鮮やかなこと今までとは勝手が違う。全く逆の結果になったが、これは最初の予定より良い結果なのかもしれん。

 やることが大きく変わるわけではないし、これからも上手くやっていけるだろう、と長雄は楽観的に考えることにした。

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