第30話 1547年(天文十六年)4月5日 白鹿城

 4月5日の日が昇った。卯の刻に軍勢は起床し進軍準備を始める。原田が準備した朝餉を食べて白鹿城に向かって進む。

 巳の刻(10時)に物見から知らせが入った。強訴は長江ながえに着いた。あと一刻ほどで白鹿城につくだろう。強訴の人数はなんと500に達しようとしている。まだ増えるようだ。尼子に歯向かう有象無象の者共が我も我もと合流している。

 我が軍勢は小白鹿城の南西にある法吉神社ほっきじんじゃの前に布陣した。うぐいす台と呼ばれる台地だ。神社の前には参道というよりは広場のように開けた場所がある。

 直轄軍を中心に為清の軍を半分に分け左右に配置する。

 強訴は今日、小白鹿城に張り付き一晩中気勢を上げ開城を迫る。その隙に北にある真山城を宍道隆慶が落とし、とどめに富田城を制圧した国久が出てきて白鹿城を落とす、という作戦のようだ。

 強訴か。どれほど兵たちに圧力がかかるのだろう。家臣たちもそれなりにプレッシャーは感じるはずだ。きっと俺の振る舞いが鍵を握るんだな。戦だ。大将の顔色が勝利を手繰り寄せるのは当たり前の理だな。


 強訴は鰐淵寺の近くにある垂水神社たるみじんじゃから神輿しんよを引き出し、奉納太鼓を打ち鳴らしながら進んでくる。五百名近い僧兵たちが上げる「尤も尤も」の掛け声はとても大きく、周りの民百姓たちを威圧するには十分であり、ましてや先頭に神輿が掲げられて神仏の威を撒き散らしている様は、何人たりとも犯すことができない力場を作り上げているように見えた。白河法皇ですら、いかんともしがたいと嘆いたと言われる強訴。

 俺の視野に強訴の先頭にて鈍い光を放つ神輿が見えた。裹頭かとうを被り槍や錫杖、刀を腰にかざした僧兵共が、のっしのっしと向かってくる。

「おーあれに立つのは誰じゃ」

「あれは尼子のあほうじゃ」

「武家に生まれて民の真似をする道理のわからぬだらずじゃ」

「ほうじゃほうじゃ。尼子の童はだらずじゃのう」

「尤も尤も、尤も尤も」

 大きな笑い声が響く。

 あーこれが戦のときの悪口合戦なのかな、と感心してしまった。

「あのくそ坊主共、許さん!!」

「本田、言わしておけ。すぐに何もしゃべれなくなる」

 周りをみると家臣たちは身体に怒りを溜め込んでいる。よし、大丈夫だ。

 為清の軍はすこし怯えているのか近づく強訴の圧力に気圧されているようだ。

 直轄軍の顔色は変わらない。しっかり食べさせ、調練し、誰に従えばいいのか叩き込んだ結果だな。

 強訴は止まる気配など微塵も見せずどんどん近づいてきた。距離にして五段(約55m)程か。

 俺は連弩を携えて、一歩、二歩前に出た。俺にあわせて右に二人、左に三人、合わせて五人の鉄砲足軽が並び、射撃体制を取る。

「鰐淵寺の僧共よ、今なら此度の強訴、無かったものとしても良いぞ。今すぐ寺に引き返せ。さもなくば慈悲はないぞ」

 俺は叫んだ。僧兵共は一瞬間をおいて笑いだした。

「なにを言ってる、尼子の童よ。恐れ多くも神輿の行く手を阻まんとするか。児戯にもほどがある、神罰が下るぞ。今すぐ富田に帰れ」

「なにが神罰だ。落とせるものなら落としてみよ」

 俺は連弩を構えた。神輿に狙いを定める。

「何をするバカもんが。神輿に弓引くなど」

 僧兵が喋り終わる前に引き金を引く。ピシュンという乾いた音のあとにガツッと低い音が響いた。矢が神輿にささった。僧兵たちは驚いて固まっている。まさか神輿に弓を射掛けるなど思っても見なかったのだろう。続けて引き金を引く。また矢がささる。

「おのれやめよ!仏を恐れぬ仏敵め!!」

 怒り狂ってきた僧兵共に俺は最後通告を投げつけた。

「なにが神罰だ、それならば俺がお前たちに神罰を与えてやる。大国主神のお告げを受けたこの尼子三郎四郎が神罰とは何かおしえてやるわ」

 右手を上げて振り下ろす

「撃て!」

 5丁の鉄砲から轟音が鳴り響き先頭にいた僧兵が倒れる。怯んだ僧兵共の後ろの方から更に大きな爆音が連続して響いた。

「な、なにごとじゃー」

「神罰じゃ、神罰じゃ」

「大黒様がお怒りじゃ」

「逃げよ、逃げよ」

 強訴の一団の中から叫び声がする。一瞬にして強訴は混乱した。僧兵はともかく成り行きで混じった者共は我先にと逃げ出していく。

 鉄砲足軽が下がり入替えで連弩を構えた足軽が十名整列する。

「放て。矢を止めるな。微速前進」

 ゆっくり強訴に向かって進みながら連弩を放つ。矢が切れたら速やかに最後列に戻り後ろの者が最前列に立つ。

 放たれる矢の勢いに押されて強訴の先頭にいた僧兵共は後退する。雑兵共の混乱は僧兵に伝播し遂に神輿を放置して僧兵は逃げ出した。

「為清、突っ込め!」

「承知、者共突撃じゃ!」

 為清の命が響き左右に待機していた三沢の兵が声を上げて突撃していく。

「連弩打ち方やめ。槍に持ち替えろ」

 足軽たちが装備を変更する。

「俺に続け、突撃!」

「おおっー!!」

 兵たちが雄叫びを上げて走り出す。

 慌てて本田と米原が俺についてくる。

「若様お待ちください!」

「何をしておる!若様を守れー」

 四段ほどの距離を走り、俺が率いる直轄軍は逃げ出した僧兵共の後ろから切りかかった。為清の足軽も僧兵たちを切り崩し前進していく。

 俺は夢中で刀を振るった。必死だった。裹頭を見たら切りかかっていた。ただ目の前に現れる敵を切る、それだけを考えていた。

 切り、切られ、突かれ、殴られ、敵を追う足音、逃げる足音、切り結ぶ槍や刀の音、叫び声、悲鳴、許しを乞う声、いろんな音と声が混じり合う。これが戦の喧騒。晒された心と体が震えている。

 突然両肩をガシっと掴まれ後ろを向かされた。俺の目に中井が映った。

「若様、敵は総崩れにございます。後ろに下がり戦を終わらせる手はずを始めましょう」

 大きな声で促された俺は息を吐いた。吸った。吐いた。

「わかった。状況を説明してくれ。それと栄芸はどこにいる」

「鉢屋が隊列の後ろから栄芸を探しております。直に見つかりまする」

「必ず捕らえよ。俺の前につれて来い」

「御意」

 俺は中井に案内され法吉神社に向かった。



 強訴の中で結構な回数爆音が響き、混乱した隊列の後ろから、銀兵衛率いる鉢屋衆が突っ込んできて豪快に暴れだした。今の尼子で最も戦闘力が高い足軽であるこの一団は、触れるものすべてをなぎ倒して行く圧倒的な暴力であった。

「栄芸を捕まえろ。わすれるんじゃないぞ」

 鉢屋の目的は和田坊栄芸の生け捕りである。だからといって暴れることができるこの機会を逃す手はない。目一杯楽しんでいる。

「いたぞー!」

 どうやら見つけたようだ。声があがった方に直線的に向かうのではなく、まわり込むような軌跡を描きながら各々が栄芸を探す。

 暫くして栄芸は鉢屋衆に囲まれた。頭から血を流している。しかし顔に宿るは憤怒の相。

「よし、つれてくぞ」

 縛られている最中一言も言葉を発せず、道中も同じく、法吉神社までつれて来られた。


 俺は跪いている栄芸をみて声を上げた。

「和田坊栄芸、領内で謀反を謀り、自ら強訴を行い出雲を混乱に陥れようとしたその所業、断じてゆるさん」

 栄芸は口を開いた。

「たかが守護代風情が、出雲とさして関わりもない近江などからやってきて大きな顔をするでない。分をわきまえろ」

「結局それか。くだらん。もう消えろ」

 俺は栄芸の前に歩いていった。刀を抜き体の右に持ち、腰を落として体ごと栄芸に突き刺した。

「ぐお。お、おのれ」

 刀を握った手を離し栄芸を見下しながら

「首をはねよ」

 そう言って後ろに下がる。横道が刀を一閃し首は転がり落ちた。血しぶきが舞う。

「謀反人、和田坊栄芸討ち取ったぞ!!」

「おおおおー!!」

「勝鬨だ。エイエイオー!」

「エイエイオー!」


 俺は勝った。やり遂げた。やり遂げたぞ。



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