第32話 閑話 1547年(天文十六年)4月4日 和倉山城 三沢為清

 横田を出て和倉山城に着いた。今日はここで泊まる。腹が膨れて落ち着いた兵どもが眠りに着こうとしている。

 鰐淵寺に弓引くことに恐れを抱いている兵達は多い。普段仏を敬い暮らしているのだ。いきなり強訴を鎮圧すると言われて二つ返事でハイそうですか、とはいかぬ。

 儂も正直、仏罰が落ちんかと心が落ち着かぬ。

 気持ちを紛らわそうと城の中を歩いていたら、三郎を見つけた。近習もつけずに一人で座っていた。

「お、為清、お前も眠れないのか」

 三郎から声がかかった。側に行き膝を折る。

「はっ、兵どもの様子を見て回っておりました」

「そうか、流石だな。一軍の将だな」

 三郎は儂から目を離し夜空を見上げた。

「三郎殿、寺社を相手にするのがしんどいのですか」

 儂は問うた。儂と同じく仏と争うのことに戸惑い、恐れがあるのかと。

「いや、仏など怖くはない。ただ明日の戦は俺の初陣なんだ」

 そうか、見誤ったか。三郎は明日が初陣だったのだ。

「為清、お前の初陣はどんなのだった。前の日眠れたか」

 三郎に聞かれ儂は初陣の日のことを思い出していた。

「某の初陣は領内の賊の討伐でした。前の日は興奮してなかなか寝付けず、一人でも多くの賊を討ちっとてやると気を吐いておりました。賊の討伐は上手くいき、とても誇らしく、気合に満ちたまま城に帰ったのを憶えています」

「そうか、とても立派な初陣だったのだな。羨ましいぞ」

 そう言って三郎はまた夜空を見上げた。

「俺は明日、上手くやれるのかな」

 呟く三郎。こんなに不安げな顔をする三郎を始めて見た。常に目に力を湛え、考えを巡らせ、一直線に向かってくる三郎しか儂はしらん。心になんとも言えぬ気持ちがまた湧いてきた。

「為清、明日お前と共に戦場に立てるのがなんか嬉しいぞ。俺の周りには家臣やら近習やらしかおらん。そいつらとはよく話もするし、俺を子供扱いせず主君として対してくれる。だから俺も良き主君としてありたいと、考え行動する。しかし、なんというか…主君と家臣の関係それ以上でも以下でもないんだな。別に嫌なんじゃない。ただな、もうちょっとお互い人としてというか男同士、もっと楽な関係は望めないのかなと。その点お前となら家臣たちとは違った関係が作れるんじゃないかなと思ったりしているんだ。あ、すまん。なんか訳のわからんことを言ってしまった。忘れてくれ」

 三郎は立ち上がって寝所に戻るといった。最後に一言、こう言った。

「明日、何が起ころうと、俺を信じろ。必ず勝つ!」

 歩いていく三郎を見ながら思った。お前を信じると。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 強訴の前に三郎が立つ。周りに鉄砲足軽が並ぶ。三郎は連弩を構えなんと神輿に矢を射かけた。二発も!

「なにが神罰だ、それならば俺がお前たちに神罰を与えてやる。大国主神のお告げを受けたこの尼子三郎四郎が神罰とは何かおしえてやるわ」

 三郎の右手が振り下ろされる。すると鉄砲の大きな音が鳴り響いた。続けて強訴の隊列の中の方でも大きな音が響く。僧兵や足軽たちが浮足立っておる。今が好機!

「為清、突っ込め!」

 突撃の下知が飛ぶ

「承知、者共突撃じゃ!」

 儂は先頭を切って強訴に切り込んでいった。

 暫くして横を見るとなんと三郎が軍勢の一番前で敵を切り倒しているではないか。頼もしいが無謀じゃ。一軍の将が足軽と同じく先頭に立つのは悪手。

「者ども、三郎殿を守るぞ。ついてまいれー!」

 儂は数名を引き連れ三郎の前方に行き、向かってくる敵を倒していった。

 敵は総崩れとなり、多くの死者を出し、生きている者は我先にと逃げていった。大勝利だ。非の打ち所がない。儂は勝った。戦に勝ったのだ。こんなに勝ち戦とは胸のすくものなのか。とてつもなく気分が高まる。そして三郎、三郎はなんと戦上手なのか。勝てる場を創り出すすべを知っている。

 儂は手勢を率いて法吉神社にいる三郎のもとへ向かった。三郎の前に和田坊栄芸がひざまずいているのを見た。三郎は何か話したあと自ら刀を構え和田坊を刺し貫いた。横道殿が首を刎ねる。

「謀反人、和田坊栄芸討ち取ったぞ!!」

「おおおおー!!」

「勝鬨だ。エイエイオー!」

 力強く勝鬨を上げる三郎を見て心が熱くなった。ここ数日三郎のいろんな顔を見た。どの顔も心に何かを残した。その何かが一つに成っていく。こいつだ、こいつと一緒ならきっと何かを成し遂げることができる。

 三郎の前に進み出て膝をついた。

「尼子三郎四郎様、見事な勝ち戦、感服いたしました。この三沢為清、決心いたしました。三郎様を殿と仰ぐ直臣として三郎様に仕える所存。どうか我が願いをお聞き届けください」

「そうか、嬉しいぞ為清!今日からお前は俺の家臣だ」

 破顔する三郎の顔をみる儂の顔も楽しく笑っていた。とても楽しく、誇らしかった。

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