第33話 1547年(天文十六年)4月5日から8日 出雲領内

 強訴を討伐した日の夜、鰐淵寺に向かい僧共に沙汰を出す。

 鰐淵寺の和尚を日珠にっしゅと定める。日珠は鰐淵寺内で和田坊栄芸に批判的で強訴に反対していた。栄芸が強訴に前のめりになっていき日珠は軟禁状態に置かれていたそうだ。

 鰐淵寺の所領は半分に減らす。もちろん取り上げた領地は尼子直轄地にする。これで鷺浦がより安全な湊になり、銅山開発もスムーズに行われるというものだ。

 反乱分子は昼の内に殆ど始末した。生き残った奴らも横田衆に確認し、寺の外に連れ出し首をはねた。僧共も納得した。(させたの間違い?)

 ただ、締め付けるだけではない。尼子の名前で本堂を新しく建立する。根本堂と名付ける。

 新しい鰐淵寺の始まりだ。

 比叡山延暦寺自ら何か言ってくるとか、畿内の権力とかを使って圧力を掛けてきたら清水寺と亀井秀綱に丸投げだ。なんとかなるだろう。


 次の日、横田に戻り兵たちに休息を与えた。そして山吹城の戦で尼子大勝との知らせを受けた。これはこの世界における降露坂の戦いになるのだろうか。俺の知ってる歴史とこの世界の出来事との乖離がすすんでいる。

 とにかく、尼子は危機を乗り越えた。


 七日、ようやく俺は月山富田城に入城した。久しぶりだ。晴久はまだ戻ってきていない。

 城の玄関に菊がいた。俺を出迎えてくれるのだ。

「三郎四郎様、此度の戦の大勝、おめでとうございます。これで尼子領内の不貞の輩共はすべて滅び、尼子の名の下、出雲はますます運気盛んになること間違いありませぬ。これも全て御屋形様と三郎様のおかげにございます」

「うむ、菊よ…留守中変わりはなかったか…」

 菊に声をかけたとき、グランと視界が回った。俺はよろけてその場で膝をついた。

「さ、三郎様!!」

 菊が悲鳴に似た声を上げる。本田と米原が俺を支える。

「すぐに寝所に連れていくのじゃ!!!早う。三郎様、三郎様!!!三郎…」

 菊の声が遠くから聞こえるようだった。目をつぶるとそのまま意識を失った。

 目を開けると灯し油に照らされた部屋で夜着に包まれていた。富田の俺の寝所だ。左に顔を動かすと菊がいた。うつらうつらと、船を漕いでいる。今何時だ、俺はどれぐらい寝ていたんだろう。起き上がろうと上半身を起こすと菊の目が覚めた。

「三郎様!お目覚めになられましたか。お体の具合はどうですか、痛いところはございませんか?!」

「菊、すまんな。お前の顔を見ると張っていた気がブチッと切れたようだ」

「三郎様」

 菊が俺に抱きついてきた。

「大丈夫でございますか、菊は生きた心地がしませんでした。恐ろしくて、恐ろしくて…」

 震える菊の手に俺の手を重ねる。

「うん、大丈夫だ。しかし、流石に疲れたぞ。まだ少し横になってもいいか」

「はい」

 菊は一度ギュッと俺を抱きしめて離れた。

「菊、手を握ってくれ」

 そう言って夜着から手を出すと両手で俺の手を包むように握ってくれた。

「ありがとう。菊がいてくれてほんとに良かった」

 俺は目をつぶった。そして眠りに落ちていった。


 次の日の八日、山吹城から晴久が帰ってきた。迎えに出ている俺と家臣たちの前に晴久がやってきた。

「者共出迎えご苦労、大内の泥棒猫を散々に打ち負かしてきたぞ」

「御屋形様、大勝利おめでとうございます」

 亀井秀綱が代表して祝の言葉を述べる。

「皆のもの明日、評定を行う。今回の戦の総括と今後の方針について詮議する。各々考えがあれば忌憚無く申せ。三郎、体は大丈夫か?」

「はい、一晩寝て疲れが取れました」

「うむ、明日の評定、良き考えを示すのだ。期待しておるぞ」

「ははっ」

 晴久はしっかりとした足取りで部屋に向かっていった。気合が満ち溢れ当主の威厳がとても高まっている。後光がさしているかのようだ。このまま、長く棟梁として尼子を率いて欲しいと切に願った。



 以前、晴久と北島国造が会った部屋に俺は向かっている。ある男と会うために。立原と共にその男は俺を待っていた。この部屋には俺と立原、その男の三人のみだ。

「両名、面をあげよ」

 顔を上げた立原を促す。

「三郎様、ご用命に従い、加藤政貞かとうまささだを連れてまいりました」

 きたか。加藤政貞、尼子清久の嫡男。塩冶興久の孫だ。今は美作に出陣し足軽大将として戦っている。純然たる尼子一門でありながら尼子性を名乗っていない、名乗れない悲しい境遇に落ちている男。

「政貞、残念ながらお前に尼子性を名乗らすことはできん。だが、お前は我が一門衆。よってお前を俺の直臣として召抱えたい。どうだ、俺のもとで働かんか」

「三郎様、某は謀反人の孫であり、息子であります。そのような穢れた者を近くに置いてはなりませぬ」

 政貞は再び顔を伏せた。

「お前がこれまで尼子のために何一つ不満を漏らすこともなく、辛抱強く働いていたのは知っている。お前は汚れてなどおらぬ。お祖父様はお祖父様、父上は父上だ。それにな、此度尼子はまた一門衆を失った。もう流石に身内同士で争うのは終わりにせねばならん。これから尼子の一族は守り合って、助け合って生きていかねばならん。そのための方策は考えている。お前を呼んだのもその方策のうちの一つ。どうだ、俺はお前にきてほしいのだ」

 しばらく沈黙が流れる。

「しかし、某を知っている者は絶対によく思いません。かえって三郎様の妨げになるのでは…」

「そこでだ。そのよく思わないというのを逆手に取る」

「ど、どのようになさるのですか」

「政貞には尼子に仇なす者を葬る役目を任せる。周りがお前と関わりたくないと思っているのならむしろ好都合。人知れず尼子の領内で不埒な者共を静かに亡きものにしてゆくのだ。これはとても大事なことだ。裏切り者は始末せねばのう。どうだ、やってほしいのだ、お前に」

「…わかりました。汚れたこの身がかえって役立つなら、喜ばしいこと。謹んでお役目お受けいたします」

「良く言った。嬉しいぞ。これからは立原の下につき働くのだ。連絡を密にせよ。この先諜報部門はさらに重要な部署になる。政貞は秘密裏に動くことこそ肝要と心得よ。立原、加藤、早速命を下す。歯向かう寺社をあぶり出せ。そして消せ」

「御意」

 二人は頭をたれた。

 よし、暗部ができた。まずは寺社を追い詰めるか。坊主の利権はとり上げるぞ。




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