第16話 1546年(天文十五年)9月 月山富田城

 目がパチリと覚めた。だがまだ動きたくない。夜着にくるまっていると志乃が起こしに来た。

「お菊さま、もう起きましょう。さあ、早くしないと、若様が先に来てしまいますよ」

 うう、そうだ。三郎様をお迎えしなくては。

 エイヤッと起き上がり衣を纏う。小袖ではなく袴を着る。志乃に佇まいを確認する。

「はい、お菊さま、今日もよろしゅうございます」

 よし、未来の旦那様をお迎えに行こう。


 富田に来てから私の生活はとても変わった。一番変わったのは誰かの目を気にしなくていいことだ。最初の頃は些細な失敗もしてはならんと気を張っていた。だが尼子の方達は優しかった。主家の京極の姫が参られたと、とても喜んでくれた。若様のご相手にふさわしいと大切にしてくれた。初めてだった。城のなかで優しくされたのは。

 若様は折を見て会いに来てくれる。何か困ったことはないかと気にかけてくれる。私と歳は変わらないのに振る舞いが大人のようだ。

 おなごの話し相手もいるだろうと、家臣の娘を連れてきた。志乃がびっくりしていた。側女も付いたし、若様が直に手配された護衛の初芽はつめという女子も付いた。今後富田城下や横田など領内に私を連れて行くと言われた。城に籠もってばかりでは駄目なんだそうだ。

 習い事も始まった。これが大変!辰の刻(午前9時)に始まり軽く昼食を取って申の刻(午後4時)まで続く。そう、一日3食食べるのだ。嬉しい!でも習い事はとてもキツイ。毎日終わったらへとへとだ。公家様がたくさんいて師になられる。近江からいっしょに来た方達だ。私のために呼んだの?!

 6日続けて習い一日休む。ああっ~!休みの日が待ち遠しい。もう、誰かの目を気にする暇なんかないのだ。

 そう、朝は朝駆けをするから袴をきる。三郎様と一緒に城の中を走るのだ。走った後はすとれっちという舞をする。これは得意だ。三郎さまは苦手のようだ。フフン。最近めっきり小袖は着なくなった。たまには可愛い小袖が着たい…

 ボソッと呟いたら明日は小袖を着て出かけることになった。やったー!


 富田の町を歩く。お忍びで。近江にいたときは考えられないこと。しかも殿方と一緒に。三郎様は歩きながら色んな所に顔を出す。鉄細工の職人と話し込んでおられた。次に市に行き売られているものの値段を聞いていた。

「うん。やはり農機具とスコップ、シャベル、つるはしか…」

 城に帰りながら三郎さまは考え事をされていた。しかし突然思い出したように私を見た。

「菊どの。すまん。ただ連れ回しただけになってしまったな」

「いえ、三郎さま、このように城下を歩くなど初めてのことです。とても楽しかったです」

「そ、そうか。次はもうちょっと菊殿と話をしようとするか。お互いまだ出会って間もないからな…なんかデートスポットみたいなとこないかな」

 まあ、なんてお優しいお言葉。今日一つ分かったのは三郎さまはよくわからないお言葉を話されることがあるということ。大国主命様に頂いたお言葉かしら。

 なんと次の日も出掛けることになった。しかも杵築で泊まるのです。こんなことが許されるのでしょうか。俺がいいと言えばいいのだと三郎さまはおっしゃいます。宿は畏れ多くも出雲国造、北島様のお屋敷だそうです。なにやら怖くてたまりません。

 杵築まで馬に乗りました。初芽と一緒に馬に乗ります。三郎様はこれからは一人で乗れるように鍛練せよとおっしゃいました。う、馬に乗らなければならないの…しかたありません。鍛練します。三郎様なかなか厳しい。

 杵築に着いたときにはおしりが痛くなっていました。馬に乗るのも大変だと思い知りました。

 杵築は富田より栄えているようでした。なにやら歩いている人が多いのです。どこに行くのか見ていると、大社に向かって歩いていきます。大国主大神に祈るのでしょう。その人たちを相手にした市があります。

「杵築には領内から詣でに来るよう差配を始めている。これからもっと多くの領民が来るだろう。町も広げていかねばならんが今考えている途中だ」

 三郎様がおっしゃられた。

「菊には色々手伝ってほしいんだ。杵築のこともそうだ」

 え、何をお望みなのです?

「今はまだわからないことが多いと思う。まずは習い事に励んでくれ。そして早く俺がやっている仕事を手伝ってほしいんだ。書状を書いたり、帳簿をつけたり、物資の差配をしたり…とにかくやってほしいことはたくさんあるんだ。俺も頑張って教えるから」

 ワタクシ、三郎様に期待されております。これは…明日から励まねば!!





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