第77話 1554年(天文二十三年)6月 周防 其の一
陶晴賢は豊前、筑前から兵を召集し周防、長門の兵を合わせて二万二千の兵力を集めた。そのうち
陶晴賢は西から攻め込んでくる毛利軍を須々万沼城で食い止めその間に北からやってくる尼子軍を討つ作戦を立てた。尼子が来ないのなら全軍を須々万沼城に送ればいい。
若山城と須々万沼城は五里(20km)離れている。毛利が須々万沼城を素通りすることは考えにくい。若山城と挟み撃ちにされるだろうし須々万沼城から撃って出れば追撃しやすい。
須々万沼城の辺りには
大友義鎮は援軍を渋っている。送られることはないだろう。陶は憤慨しつつ思う、大友義鎮は弟を見限ったか…今後大友は敵になるやもしれんな。面倒事が増えたか。
うむ、鉄砲は尼子だけでのものではないぞ、驚く顔が目に浮かぶわ。陶晴賢は軍議を始めるため評定場に向かった。
尼子に臣従した尾道の宇賀島水軍は、小早川隆景率いる水軍衆と戦い追い詰められていた。もう少しで本拠地の岡島城が占領されるところだったが、尼子と毛利の盟約がなり滅亡は免れた。そして今、宇賀島衆は佐東河内水軍、小早川水軍、来島村上水軍、因島村上水軍、能島村上水軍と共に安芸灘を西に進んでいる。毛利の兵一万を運んでいるのだ。船は全部で三百艘に届こうとする。
臣従後、初めて出雲の御屋形様から命を受けた。毛利に合力し兵を運んで周防灘に向え。そして見て聞いたことをすべて報告せよ、些細なことも漏らすことなかれ、草働きがお主の使命だと。
勝手の違いに頭領はとても緊張している。戦が終わって出雲まで行くのも、なにやら怖いな…しかし給金がとんでもない額だったのでそれだけは喜んでいた。
六月九日。日の出と共に吉川元春は一万の軍勢を率いて周防須々万本郷に入った。事前に世鬼を使い下調べはしている。沼地の状態は把握済みだ。編み竹と
江良賢宣と山崎興盛は用意周到な毛利の攻撃に対して驚きつつも城兵を鼓舞し必死に防戦する。弓を射掛け石を投げ筵を敷く妨害をする。毛利勢は竹筒を使い弓と石をを防ぎながらじりじりと確実に前進してくる。そしてついに鉄砲の射程に城門が入った。
パーン、パーン、パーン
毛利軍の鉄砲隊が銃撃を始める。準備した鉄砲は千丁。尼子からは結局七百丁の鉄砲を譲り受けた。自前で三百揃えて合計千丁だ。
時間が経つに連れ鉄砲の音は増えていく。弓と投石が少なくなれば今のうちだと、兵が前進する速さが上がる。鉄砲を使った城攻めに須々万沼城は対応出来ていなかった。山崎興盛も実際に鉄砲で攻めてくる敵に対するのは初めてだ。しかも毛利が沼の浅瀬を知っているとは…
日が落ちる。しかし毛利の攻撃は続いた。篝火を焚き沼を埋めていく。筵が広がればそれだけ鉄砲を撃つ足場が増える。次の日、殆どの浅瀬に筵が敷かれていた。毛利は休むことなく作業を続けたのだ。
朝餉を取り少し休んでから、二日目の毛利の攻撃が始まった。絶え間なく鳴り響く鉄砲の音。須々万沼城の兵たちはたった一日で心身ともにひどく消耗していた。昨日と違って士気がガタ落ちだ。半刻ほどで城門を突破され、城の中に毛利兵が入ってきた。もう持たない。城兵の動きが鈍る。
暫くして山崎興盛と江良賢宣は降伏、山崎は切腹し江良は毛利に降った。
六月十日、須々万沼城は落城した。
毛利軍が須々万沼城に攻めこんだ。陶晴賢の目論見どおりに戦が始まった。次は尼子の動きだ。物見からの知らせはまだ届いてはいない。
九日の昼時、尼子軍が
陶は出陣の準備を始めるように下知を出した。尼子を
陶軍は日が暮れる頃から城を出て
尼子軍の総大将は尼子義久。配下に小笠原長雄、本城常光、福屋隆兼、益田藤兼、三隅隆繁、周布千寿丸の名代と石見勢揃い踏みである。小笠原、本城が二千、福屋、益田、三隅、周布がそれぞれ五百ずつ兵を率いている。そこに荷駄五百を加え総勢六千五百でやってきた。そして斥候として銀兵衛と配下の鉢屋衆を連れてきた。
毛利の援軍要請を受けたあと作戦に関する説明と打ち合わせを行い今日の日を迎えたが、出陣するだんになって義久は本城常光と小笠原長雄に聞いてみた。
「なあお前ら、おれはやらかしてしまったのか?」
「やらかしたといえば、やらかしてますな…しかし御屋形様はお考えがあるのでございましょ?」
本城常光が答えた。
「そうか…やらかしたか」
今回の周防攻略戦の目的は若山城の攻略だ。吉川元春、小早川隆景は水軍を使った軍勢移動で若山城を強襲する作戦を立てた。大寧寺の変の前、陶晴賢は若山城を大々的に改修した。城を落とす難易度は上がった。なのでほぼ奇襲といっていい策を立てたのだ。兵が立て籠る若山城を落とす算段はついている。足りない兵は尼子で賄う。
それでも城攻めは難しい。何が起こるか分からないのが戦の常だ。
出来るなら野戦で陶晴賢を討ち取れないか?どうすれば陶を引っ張り出すことができるのか…
元春は考えた。尼子を囮にすればいいと。だがそれは無理がある。手伝い戦の尼子がそこまでする義務はない。強要、いや要請することもできない。…仕方ない、このことは自分の胸の内にだけ秘めて置こう。状況を整えるにとどめておくか…城攻めでも尼子は使える。それとなく厳しいところに配置すればいいだろう。
義久は出陣を前に戦について考えを巡らせた。考えた末にやってしまったと思い本城と小笠原に聞いてみたのだ。毛利はどうも尼子を囮にしたがっている。さっさと毛利が陶を討って周防、長門を平定し、結果尼子の西の壁になることを目論んでいるのだが、その腹の内を利用された。鉄砲を融通し共同作戦も了承したらちゃっかり仕掛けてあった。
うーん、これは…
「此度の戦は毛利の戦だ。尼子が出しゃばる必要はない。言われてもいない囮を買って出るのは馬鹿だな」
本城と小笠原は黙って聞いている
「だがな…戦に出るのだ。手伝いとはいえ戦だ。負けることはありえん。命もうしなうかもしれん。だったら勝つことを考えないといかんだろう」
「そのとおりにございます」
小笠原が答えた。
「ヌルい性根で戦に出て、そのヌルさが癖になってもいかん。それにこのなんだ…試されているというか、見られてると思うのだ。なんだ大した事ないなと見られたら腹立つだろう!」
二人は笑みを浮かべていた。
「御屋形様、そのとおりにございます。やるからにはとことんやりましょうぞ」
「戦場において尼子は常に雄々しく立ちつづけることを見せつけましょうぞ」
義久の顔に満足感が浮かぶ。
「流石、歴戦の強者、本城常光と小笠原長雄だ。決めた、やってやるぞ。だがおかしい、やばいと思ったら遠慮なく申せ。よろしく頼むぞ!」
「はっ!」
御屋形の背中を見ながら二人は思う。若い、御屋形様は若いのう。超然とした物言いをするかと思えば、よくわからん言葉を発する。年以上に大人びたお方だが、この様に年相応な振る舞いもするのだなと。
この若き主君を、尼子の未来を必ず守っていこうと思う二人であった。
六月十日。若山城の戦いが始まった。
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