第91話 1555年(天文二十四年)10月 八雲城…家族
富田の
俺は…今まで口に出せなかった、出さなかった言葉をついに口にした。
「父上、家族会議が必要です」
晴久は大きく目を見張り、俺をまじまじと見た。そして…
「そうか、そうだな。皆で八雲に戻ろう」
「はい」
継母から届いた頼りは三男、八郎四郎に関する事だった。(正確には四男だが今は俺が嫡男で長男扱いになっている)
大友から継母が嫁いできて父との間に八郎四郎と次女の桜が生まれた。二人が生まれる少し前から、家族で食卓を共にすることを始めた。菊も加えて五人で朝餉と夕餉を共にして会話も行い、家族としての絆を深めていった。
今年の四月。俺が朽木に向かったあと、八雲にある武芸者が立ち寄った。名を
竹内久盛が帰ったあと、八郎は一人で修練を続けていた。そしてついに久盛の下で本格的に武芸を習いたいと母に直訴したのだ。父や俺は京、若狭に出払っている。戦が終わり京が落ち着き、俺の嫁たちも後瀬山城まで行けるほど情勢が安定したので、此度の鳩が飛んできたというわけだ。
父、母、俺、九郎四郎(次男)、桜(次女)、菊、通そして八郎四郎の計八人。八雲城の一室、いつも皆で食事をする部屋に集まった。
議題は八郎の将来に関してだ。
「父上、師のもとで更に武芸を習いたいです。美作に行くことをお許しください」
まだ数えで七歳だ。そんな幼い弟がハッキリと父に向かって自分の意志を述べるとは…感嘆しかなかった。
「何故そう思ったのだ」
八郎は顔を上げた。
「私は尼子の三男です。大兄が家を継がれます。なので私が出来ることは大兄を助けることです。此度、父上が師をお城に連れて来てくれました。師に習い、もっともっと習いたいと思いました。そして武芸をもって大兄をお助け出来ると思ったのです。寺に入るよりは良いと思ったのです」
父はその言葉を聞き驚き、そして穏やかな笑みを顔に浮かべた。
「室よ、そなたはどうなのじゃ」
父は母に問うた。
「私は心配でなりません。兄を助けるという志は立派なれど、武芸者など身体がいくつあっても足りないではありませんか」
母は今にも泣きそうな顔をしていた。
母は尼子に嫁いできて、俺が行う戦国時代離れした事柄に驚きながらも、異を唱えるでなく従ってくれた。父が後押ししてくれたのも大きかった。そして家族に対して深い理解と愛情を注いでくれた。特に八郎と桜は自身がお腹を痛めて産んだ子であり、乳母たちに任せきりにせず、進んで子育てに参加した。食事の時にはご飯を食べさせてあげるし、中々寝てくれない時は、寝るまで抱きかかえてあやしていた。城の外に一緒に出かける事も多かった。礼儀作法の師となることもあった。総じて母子で一緒にいる時間が長かった。
「母上、私は父上と大兄をみて育ちました。父上や大兄のようにはなれないと思います。でも自分が出来ることで父上と大兄を助けたいです。小兄はもう軍を率いています。私は違うことをしたいのです」
「父上、よろしいでしょうか」
俺は父に許可を求め、父は頷いた。
「八郎、武芸は好きか?」
「はい、とても面白いです」
「そうか、面白いか。好きなんだな」
「はい、好きです」
俺は父に向き直り意見を述べた。
「父上、竹内久盛は八郎の才についてどのように話しているのでしょうか」
「うむ、儂ではなく亀井が直に聞いたのだが、なかなかのものだと話しておる。横田衆に探らせても見たが、世辞を言っているのではないと知らせを受けておる」
「ならば、見込みがあるのですね…では八郎には尼子の武を率いる男になってもらいましょう。銀兵衛が率いる鉢屋をしっかりと尼子に従わせる役目を与えるのはどうでしょうか。八郎にうってつけだと思います。鉢屋も横田衆も尼子にとって重要な力です。素っ破やら河原者と蔑視する者はいますが、尼子においてこのような見方は無くしていかなくてはいけないと思っております。そのためにもよき機会になるのではないでしょうか」
「うーーん」
父は考え込んだ。お家騒動を防ぐため嫡男以外の息子を他家に養子に出したり、仏門に送ることは普通に行われる。しかし河原者と呼ばれる一団に息子を送り込むなど前代未聞。
ただ晴久は鉢屋の役割と重要性を理解していた。富田城下に住む鉢屋衆は旧新宮党と合わさり晴久の直轄軍となり、尼子軍の主力を担う。義久が使う銀兵衛配下の鉢屋は荒事を主とする特殊な軍だ。少数精鋭の懐刀と言っていい。
偉大なる祖父、尼子経久は富田城奪還の功績を認め鉢屋衆を富田に住まわせた。思いきった決断であり祖父の人としての器の大きさを物語るものだ…。
「そうだな。義久の言う事、良い意見じゃ。八郎よ、今日から
「父上、ありがとうございます。大兄様、必ず尼子の武を打ち立てます」
「うむ、暫く家族と、特に母と共に過ごすが良い」
「はい!」
母がたまらず声を上げた。
「ささ、八郎。こちらへおいで。母の膝の上に座りなさい」
八郎改め秀久は素直に母の膝に座った。そうだ、こいつは甘えん坊だったな。いつも母にべったりだった。
「お兄様ずるーい!アタシも!」
桜もやって来る。
「はいはい。ふたりともいらっしゃい」
母は息子と娘を何時までも抱きしめていた。
なんか、父と俺が殆ど喋って終わってしまったが、皆が集まっていたので良しとするか。
「御屋形様、よろしいでしょうか」
珍しくお通殿から声が掛かった。何時も菊に遠慮しているようだ。進んで話しかけてくることは少ないからな。
「うん、いいよ。じゃ部屋に行こうか」
お通の寝所にて向き合った。
「御屋形様、ご家族の皆様方が集まる集いに、私を招いていただきありがとうございました。とても嬉しゅうございます」
そう言ってお通は深く頭を垂れた。
「な、何を言っているんだ。顔を上げてくれ。お通は俺の嫁だろ。当たり前に家族じゃないか」
俺はお通の肩を抱いて持ち上げた。
「スマンな。よく考えるとお通と二人でしっかりと話したことがなかったな。申し訳ない」
「そんな、御屋形様に何の非がありましょう。私の不徳の致す所にございます。申し訳ございません」
またお通が三つ指をつきそうになったので、直ぐにやめさせる。
「それより、なんだ。何か俺に話したいことがあったんじゃないか」
お通の目を覗き込むと、何やら決意したような色を感じた。俺は肩から手を離し、お通の前で胡座をかき、お通の目を見た。
お通が口を開いた。
「御屋形様は誠に大国主大神の生まれ変わりなのではありませんか。人であって人あらざるものなのではございませんか」
お通の目に映る感情はなんなんだろう。だが真摯に話をしているのは分かる。これは…下手に逃げることはできないな。
「お通殿。俺は神も仏もいるとは思わない。南蛮人が信じる神も同じだ。だから俺は大国主大神の生まれ変わりなんかじゃない」
「されど、御屋形様のお言葉、なされようは人の考えられることではありません。お告げと言われますが、お告げとは曖昧なもの。あのようにはっきりとあらましを語れるほどのものではないはずです」
俺はフーっと息を吐いた。
「俺は…この世とは別の世で生まれ、人生を過ごし、死んだ。だが、なぜか尼子晴久の次男、尼子義久に生まれ変わっていたんだ。兄が流行り病で死んで、俺も同じく病にかかり高い熱を出したとき前世を思い出した。だから俺はこの国の行くすえを、尼子の未来を知っていた。このままでは尼子が俺の代で滅んでしまうことを。だからこうしていままで定めに抗い生きてきたんだ」
菊の顔に驚きと少しの得心が浮かんだ。
「このこと、他のご家族の方はご存知なのですか」
「いや、知らない。ここまで正直に話をしたのはお通が初めてだ」
お通は更に大きく目を開けた。そして震える声で言葉を続ける。
「も…申し訳ございません。。。このようなお話だとは、申し訳…ございま。。せん。お、お許しくださいませ。私ごとき、が立ち入っては、ならない」
お通は酷く動揺している。
「お通、しっかりと俺を見ろ」
またお通の肩を抱いて俺に視線を合わせさせる。
「よく聞け。俺はお通とも、お菊とも真剣に向き合い、良き夫婦に、家族になりたいんだ。前世の記憶があったからなんなんだ。今が大事だろう。今俺はここに生きている。俺の秘密を知ったとしても、お通が俺の嫁なのは変わらないじゃないか。俺は化け物か?」
じっと俺を見るお通。
「義久様は義久様です。何をなさるのか分からぬとんでもないお方です」
「だろ。俺が嫌いか」
首を横にふる。
「お慕いしております」
「じゃオッケー牧場だ。無問題」
「また、分からぬ言葉ですか」
「これが俺だ。慣れてくれ」
「…はい。慣れまする」
俺はお通を抱きしめた。よかった。始めてお通と通じ合えた。
「八郎、いえ、秀久殿」
「あ、お姉ちゃん」
そう言って振り返った義弟はまだまだ幼さが残る。
秀久は菊のことを【お姉ちゃん】と呼ぶ。義久がお前のお姉ちゃんだと教え込んだので、物心ついたときからお姉ちゃんと呼ぶようになってしまった。
「こっちへいらっしゃい」
そう言って両手を広げると吸い込まれるように菊の腕の中に収まった。
菊は尼子に嫁いできて人生の伴侶と家族を同時に手に入れた。特に自分が来たあと生まれた義弟と義妹は血を分けた弟妹のように可愛がった。義母とどっちがあやすか、よく取り合いをしたものだ。食事も食べさせていた。
そんな義弟がもう家を出ていくのだ。
「こっちを見て」
菊は自分の方を見るよう秀久の顔を動かす。
(義弟は武の神に愛されているだろう。だからこそ…)
菊は秀久の才に気づいていた。
「秀久殿、人をやめてはいけませんよ。もしそうなりそうになったら、お母様と私を思い出すのですよ」
「はい!」
分かったか、分からないのかどっちかわからないが、いつものように元気に答える義弟を見る菊の目には寂しさがよぎる。
「もうちょっと、このままでいましょうね」
菊は自分の胸に秀久の顔を埋めた。
仄かな光がボウっと二人を包む。
次の日、尼子秀久は美作に向かった。
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