第49話 1548年(天文十七年)1月 月山富田城 〜
年が明けて天文十七年になった。今年の元旦は家族で過ごす。去年から始めた朝餉、夕餉を家族一緒に摂ることの続きだ。晴久、継室、俺、九郎四郎(次男、尼子倫久)そして菊。五人で何だかんだ話しながら食べる。今日は雑煮がでた。
四郎はひたすら食べている。今年数えで三歳だ。いっぱい食って大きくなれよ。来年からは俺流で英才教育だ。
継室、いや継母のお腹の中には子供がいる。男の子だったら尼子秀久になるのかな。今の時点で転生前の世界とは母親が違うから別の人?なのか。ま、いいや。弟か妹ができるんだ。嬉しいじゃないか。
俺が転生前の記憶を思い出して、まる三年が経つ。数えで九歳になった。振り返るといろんなことがあった。この世界の尼子は俺が知ってる歴史を随分と前倒しして進んでいる。それと同時にこの世界で新たに?起こったこともある。尼子に比べれば他国はそんなに変わりはないようだ。俺の知っていることがまだアドバンテージになるな。いずれ役に立たなくなるかもしれないし、かえって邪魔になるかもしれない。
よく、生き残ってるな…今年は何が起きるのだろう。少し楽しみにしている自分がいる。いいんじゃないかな。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
二月になってとある日。突然訪ねてきた遠江守に富田城内の奥まった所にある部屋に連れて行かれた。何だこの部屋は。もう用済みということで儂を殺すつもりか、突然の出来事に脂汗が出てくる。暫くすると誰かが歩いてくる気配がした。遠江守が頭を下げる。促されるままそれに習う。
「二人共、面をあげよ」
聞き覚えのある声。顔を上げた先には尼子晴久殿と尼子三郎四郎殿が座っていた。
「安芸守殿、このように向き合うのは久しぶりでござるな。最近いかがお過ごしであるかな」
丁寧な口ぶりで晴久が話しかけた。
「はっ、民部少輔どのお気遣いにより、つづがなく過ごしております。して此度はいかなることでございましょうか。民部少輔殿直々にお出向きになられるとは、いささか驚いておりまする」
驚いているのは確かだ。それ以上に恐れ?疑念がうわまっている。
「安芸守殿には儂としても心苦しい思いがある。わざわざ若狭より安芸武田氏の棟梁として銀山城に入ってもらったが、結局城を取られ安芸武田氏は滅んでしまった。今となってはお家の再興はとても難しい事柄となった。戦の勝ち負けは世の常というてもこのままでは安芸守殿としても面白くないであろう」
面白くないに決まっている。そんなわかりきったことを言うために呼び出したのか。
少し間をおき晴久は口を開いた。
「安芸守殿、このまま燻っているのは勿体無い。今から話すこと、考えてみてはくれぬか」
言葉は丁寧だ。晴久はじっと信実を見ている。
「いかような話でござるか」
信実も晴久の目を見て答えた。
「今尼子は領内の開発に力を注いでいる。民がより良き暮らしを行えるよういろんな施策を進めておる。これらは数年の間に目に見える形になるであろう。そうなった時、他国はどうするであろうか。必ずや尼子の富を狙ってくる。よって我らは機先を制し、尼子を守るための戦をする。安芸守殿、若狭の代官として小浜に行ってはくれぬか」
信実は言葉を失った。何を言っているのだ、若狭の代官!?まてまて、若狭は武田領だぞ、ここから伯耆、因幡、丹後を経てやっと若狭だ。山名、一色、そして武田と三家も守護がいるというのにどういうことだ。
「民部少輔殿、いささかお戯れが過ぎるのではございませぬか」
「戯れではござらん。至極真面目な話でござる」
晴久はそれが当たり前であるかのような顔つきをしていた。愚か者の顔には見えない。狂っているようにも見えない。この目の前の漢が何を考えているのか信実には検討がつかなかった。
「安芸守どの、突然のお話で要領が掴めぬとお思いでしょうが、安芸守どのにとって悪い話ではございません。安芸守どのにおかれましてはこれから遠江守の下で代官としての習いを行っていただきたい。尼子は有能な文官を一人でも多く必要としています。是非とも安芸守どのの持てる力を揮っていただきたいのです」
いままで黙っていた三郎が声を出した。
信実はこの尼子の嫡男を密かに注視していた。なにやら変わったことをする。そして領民に人気が高い。今後幕府に仕官した後、繋がりを持っていて損はない、と思っている。
「幕府に仕官するより一国の代官のほうがよっぽど面白うございますよ。なんと言っても一国の長になるのでですから。宮使いよりもやり甲斐はあろうかと…」
三郎はそう言って信実を意味深な顔で見据えた。
こやつ、儂の動きを知っておったのか。抜け目ないやつじゃ…
「わかりました。代官習いの儀、お受けいたします。よろしくお願いいたします、御屋形様」
「うむ、こちらこそよろしく頼むぞ」
晴久と信実はお互いに笑顔を交した。さてどこまで大風呂敷を拡げたままでいられるか見ものだの。信実は思いながら牛尾と共に部屋を出ていった。数日後二人は伯耆の羽衣石城に向かっていった。
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