第70話 1553年(天文二十二年)7月 金言寺

 金言寺きんげんじは正安2年(1300年)日蓮聖人の孫弟子にあたる日尊上人によって開山された。境内に樹齢二百年の大銀杏がそびえ立っている。出雲、備後の国境に近い大馬木にあり尼子十旗の一つ、馬木城(夕景城)が四分の一里ほど西にある。すぐ西を流れる大馬木川のそって馬木城支城、甲斐の平城がある。今日は直轄軍三百ほどが詰めてるな。

 備後が近いとはいえ、れっきとした尼子領だ。ここを会見場とすることを毛利はよく飲んだな。自分たちから盟を結ぼうと言ってきたんだからそれ相応の覚悟があるんだろう。一瞬、騙し討が頭をよぎったことは俺が戦国の世に馴染んできた証拠なのかな。ま、悪い気はしないがな。

 角都と恵瓊は、ほぼとんぼ返りで八雲にやってきた。毛利は尼子が出した盟約案を丸呑みした。そして身辺の安全について毛利が出した案を尼子は受け入れた。後は会談の日を待つだけになった。



 会談当日、静かだがピンと張り詰めた空気が辺り一帯を支配している。

 尼子側の参加者は尼子義久(俺)、宇山久信、佐世清宗、米原綱寛、横道兵庫介の五人。控えに立原久綱がいる。

 大馬木川に流れ込む支流の方から毛利勢がやってきた。護衛の兵は三百ほど。金言寺の東に陣取った。

 会談場に毛利の参加者が入ってきた。

 毛利隆元、宍戸隆家ししどたかいえ福原貞俊ふくはらさだとし口羽通良くちばみちよし桂元忠かつらもとただ

 金言寺の僧侶の司会で会談が始まる。


「今回の会談はお互いの当主が盟約を結ぶこととなっておりますが…」

 桂元忠が疑問を投げかける。ま、当然だな。

 宇山が説明する。

「こちらにおわす尼子出雲守義久様は尼子修理太夫晴久様より家督を譲られ、今は尼子家の当主にございます。ご説明が遅れたこと、お詫び申す」

 毛利の面々が一様に驚いた顔をしたなかで隆元だけが笑っていた。

「尼子出雲守義久殿、其方と相まみえるこの日を待ち望んでおりました。しかも尼子家の当主としてこの場に臨んでいただき、感謝の言葉もございません」

 隆元は俺を見て気合がこもった声で話しかけてきた。

「こちらこそ、毛利殿にお会いするのが楽しみでした。今日はお互いに実のある会談にしたいと思っております」

 盟約が記された書状をお互いが確認する。

 以前に俺が告げた内容通りだが一つ追加された内容があった。


『毛利の勝利が決まったと尼子が判断した時点で盟約を続けるかどうかの意思を毛利家に伝えるものとする。盟約を続ける場合、毛利元就が三女、お通を尼子義久殿の側室とする。さらに盟約の内容についても吟味する』


 これなんだよな。俺まだ菊と祝言あげてないんだけど。もしかしてダブル結婚式ですか。いきなり正室と側室ですか。この三女って上原元将に嫁いだ娘だよな。盟約の内容を吟味するのはこちらも考えていた。だからいいんだが…

「毛利殿、妹君…を私の側室に」

「いかにも、盟約を更に強固に、実のあるものとして行くために妹を迎えていただきたい。必ず盟約は続けられると確信しておりますぞ」

 俺は宇山を見た。静かな笑みをたたえた宇山の顔がある。なんの問題もないでしょう。ささ、書状に花押をお書き下されと圧がかかる。

 ま、問題ないよな。よしっ。毛利と同盟だ!

 俺は書状に花押を記した。


 毛利方が帰り支度を始めた。家臣一同見送ることにする。友好的ではないが敵対的でもない、粛々と行うべきことを行い終わっていった。

「毛利殿、一度出雲に来られてはどうですか。私も安芸に行ってみたいと思っております」

 俺は声をかけた。

「いいですな。考えておきましょう」

「では、また会える日を楽しみにしております」

「私も楽しみです。では」

 毛利方は帰っていった。



 会談が行われている最中、毛利方の陣地に数名の尼子兵を連れた武将がやってきた。

「大殿、尼子の武将が大殿にお会いしたいと申しております。大殿は来ておられんと言いましたが、そのようなことはない、必ずいらっしゃると。いかがなされますか」

 毛利元就は少し考え、その武将に会いに行くことにした。毛利の陣の前にその武将は立っていた。そして元就を見るなり声を上げ近づいてきた。

「お久しぶりでございます。義兄殿」

 その呼び方に元就は目を丸くした。

「こちらこそ、久方ぶりですな義弟殿」

 享禄四年(1531年)毛利元就と尼子晴久は義兄弟の契を結んでいる。その後二人は敵対し義兄弟の契は霧散する。その消えてしまった関係が今ここに復活したのだ。

「どうぞこちらへ。野点でお茶を準備いたしましょう」

 晴久が連れてきた兵たちは準備を始めた。すぐに場は準備され晴久と元就は毛氈もうせんの上に座った。晴久が茶を点て、元就が飲む。無言の時が流れる。

「お互い、良き嫡男に恵まれましたな」

 元就が声をかけた。

「そうですな。喜ばしいことです」

 しばらくして晴久が告げた。

「八雲で連歌絵をまた行う予定があります。義兄殿も参加されてはいかがでしょう」

「おお、ぜひ参加させていただきましょうぞ」

「ふふ、よくよく準備をなされたほうが良いかと。宗養殿もおられるし、三条公頼公もいらっしゃる格式高く優れた催しになるので心してお越しください」

 晴久が挑発するような笑みを元就に向けた。

「ほ、お気遣いは無用でござる。これでも少々心得はあるので」

 元就もニヤリとやりかえす。しばし見合ったあとお互い笑いだした。

「では義兄殿、これにて失礼いたします」

「たっしゃでな、義弟どの」

 二人は別れていった。


 天文二十二年七月三十日。尼子家と毛利家の間で盟約が結ばれた。






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