第24話 1547年(天文十六年)2月 備後国 三次郷

 銀兵衛は三次郷みよしごうにいた。三郎から鰐淵寺はいいから毛利のみを探ってくれと依頼が変わったので、そのようにしている。だが銀兵衛でも安芸吉田郡山に直接乗り込んでいくのは難しい。毛利の間者、世鬼衆は手強い。下手に動けばすぐに身元がバレ拷問された後、首を撥ねられる。よって郡山城に近い備後国三次郷に来ている。ここには毛利方の国人三吉氏の居城、比叡尾山城ひえびやまじょうがあり、少し北に行けば毛利が珍しく大敗した布野(『布野崩れ』と呼ばれる)がある。ま、攻め入った尼子国久も次の日の朝、三吉の奇襲を食らって撤退したから、何だそれ?状態になってしまったが。

 二月ふたつきほど出雲、安芸、備後の国境を転々としながら毛利の動きを監視しているが特に変わったことは無い。鉢屋は荒事が得意、いわば軍事行動が本職で諜報活動も斥候的な行動を主に行う。変装、身分詐称などをして敵国に長期間潜伏するような動きはあまり上手くはない。よくやるのは遊女としての潜伏だが一番やり手の初芽はつめを三郎に取られてしまった。二番手以下はまだ経験が足りない。よって今のような動きになるのだがハッキリ言って何も掴めてない。方針を変えなくては…新たなやり方を思案する銀兵衛に小八兵衛こはちべえが話しかけてきた。

「安芸の八本松にいた鉢屋から知らせが届いた。見慣れぬ二人の男が槌山城に入り、昨日城を出て北に向かったと。今日あたり三次に現れるかもしれぬ」

「ほう、いくら取られた」

「2貫」

「チッ、あのやろう足元みやがって」

 情報料として2貫は高い、せめて1貫200文だろと銀兵衛は悪態をつく。

 鉢屋は平将門の乱のとき将門に与した飯母呂衆いぼろしゅうで将門の死後全国に散っていった。特に山陰地方に多く入り、後に鉢屋と称するようになった。ちなみに関東に入った飯母呂衆が風魔になった。

 よって鉢屋は山陰山陽地方に散らばっているが各々が独立、悪く言えばバラバラであり、状況によって敵にも味方にもなる。非常にドライな関係だ。

「八本松からだと乃美で西に向かい江の川伝いに下るか、そのまま北上して美波羅川を下るかだな。小八兵衛、江の川に向え。俺は美波羅川に向かう」


 銀兵衛は美波羅川と馬洗川の合流地点に来た。南の小高い薮にひそみ美波羅川沿いの道を見張る。鉢屋は目がいい者が多い。総じて身体能力が高いのだ。

 そろそろ日が落ちて来た頃くだんの二人がやってきた。そのうちの一人の顔を見たとき、銀兵衛は思わず声が漏れた。

「宍道隆慶…なぜ」

 二人はそのまま比叡尾山城に入っていった。

「銀兵衛、そっちに来たか」

 小八兵衛が戻ってきて声をかける。

「ああ、なんと二人の内一人は宍道隆慶だ」

「それは…えらい大物が釣れたな」

「小八兵衛、宍道の監視を続けろ。俺は一旦戻って銭を持ってくる」

「わかった」

 銀兵衛は富田に向かいながら思考を巡らす。(いくら必要だ。場合によっては石見と備後の鉢屋全てに声掛けする必要があるか。さて、比叡尾山城からどこに向かう…)

 やっと面白くなってきた。こうでなくっちゃな。銀兵衛の足取りは自然と速くなっていった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る