第25話 1547年(天文十六年)3月 鰐淵寺

 3月初めに2人の虚無僧が鰐淵寺を訪れた。名を法進ほうしん千覚せんがくという。虚無僧は比叡山延暦寺東塔の無動寺からの使節であると告げ、阿闍梨からの文を携えてきた。

 その文には此度の杵築大社の所業許すまじ、仏敵として誅すべしと書かれていた。2人は文と同時に銀子も持参しており、その額なんと百貫。和田坊栄芸が泣いて喜んだ。僧兵たちの士気も高く強訴の準備は滞りなく進んでいる。後は問田隆盛からの知らせを待つのみ。高ぶる気持ちを抑えきれない栄芸に、2人の虚無僧は人払いを頼んだ。むう、まだ何かあるのか。訝しんだ栄芸は坊の奥に2人を案内し、己一人で虚無僧と向かい合った。

「和田坊どの、実は拙僧たちは延暦寺の僧ではありません。私の名は深津九八郎、連れの者は青山虎之助と申す甲賀者でございます」

「なんと、何故ここに来られた」

「阿闍梨様から此度の強訴、必ずや成し遂げよと、甲賀の軍略を使って助力せよと仰せつかって参りました。そして事の次第をしっかりとお山に報告せよと」

「おお、『鈎の陣』で幕府を弄んだ甲賀の軍略を伝授いただけるのか」

「そのつもりでございます。さすれば僧兵たちの器量、人数、武具などを確認し今後の策を練りたいと思います」

「ありがたいことじゃ。大内の石見守護代、問田隆盛殿と宍道隆義殿もご助力いただくことになっておる。ここに来て甲賀の知恵まで備わるとは…これは、大きく事を成すこと叶うやもしれん。いや、もう叶ったも同然のこと。紀伊守さまに進言せねばならぬ」

「紀伊守様にですか?」

 法進は疑問を持った問いを投げかける。

「そうじゃ。紀伊守様に尼子を束ねていただけるよう文を出さねばならん」

「…それはそれは、よろしきことかと。では拙僧たちは早速準備に取り掛かりまする。あ、我らはあくまで法進と千覚ということでお願いいたしまする」

「わかり申した。お二人ともよろしくたのみましたぞ」

 法進と千覚は恭しく頭を下げた後、坊を出ていった。

 和田坊栄芸は柔らかな笑みを浮かべながら合掌していた。



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 同月 横田荘



「イチ、ニー、サンシ」

 続けて

「イチ、ニー、サンシ」

 声を上げながら走る。

 3×10に並んだ三十人の固まりが三つ、3×4に並んだ十人の固まりが一つ、計百人。隊列を組んで走る。カーブを描いても列は乱れない。

 去年の六月から半年以上かけてやっとここまで来た。俺の直轄軍だ。

 横道兵庫介と熊谷新右衛門とは直轄軍の在り方について何度も話し合った。戦国時代の軍ではなく俺が知る範囲での近代軍に近い組織を作ろうとしたので、なかなか意思疎通が難しかった。ちょっと先走りすぎたかと反省した。まずは身体づくりと集団行動を徹底させることを目標にした。

 人員は百姓の次男やら三男やらと主に伯耆からの流民たちだ。歳は十四才以上から。3食食べさせてやるの謳い文句で人を集め選抜する。漏れた者は神西元通に送って塩冶〜富田間の街道整備に宛てる。(斐伊川東流を使った埋立地造成にも動員する)

 孤児院と寺子屋?を作り身寄りのない子供を預かり、まだ小さくて働けない子供に読み書きを教える。軍の者にも読み書きは教える。

 二月から連弩を導入した。横田の職人たちに適当に絵を書いて説明し、朝鮮に実物があると教えるともう作ってきた。殺傷力を高めるため鏃にトリカブトの毒を塗っている。

 それと鉄砲だ。実戦で使えるほどに仕上がった鉄砲が今五丁ある。一年近くかかってここまで来た。直に量産できるだろう。あとは交易が上手く行き、硝石と鉛が安定して入ってくるようになると鉄砲を増やすことができる。まずは連弩だ。


 銀子をふんだくっていった銀兵衛からも報告が上がってきている。宍道隆慶が福家隆兼ふくやたかかねの居城、本明城もとあけじょうにいる。問田隆盛も本明城に入った。小笠原と問田が連絡を取り合ってる…など敵の動きは把握出来ている。

 後は…機会だ。俺は待っている。敵が動くのを。俺が知っている歴史には無かったこの出来事を、必ず尼子に利がある形で終わらす。やるだけやる。悔いは残さないように。どんな結果になろうとも受け入れる覚悟を持って進んで行こう。心配するな、出来る、できるはずだ。

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