第26話 1547年(天文十六年)4月5日 鷺浦

 冷泉隆豊れいぜいたかとよは伊予攻めの途中だが問田隆盛の要請に応じて水軍の一部を石見に回した。小原隆言おはらたかのぶ率いる警固衆(水軍)の助力により、宍道隆慶率いる五百人の軍勢は四月五日辰の刻(午前8時)頃、鷺浦の湊に上陸した。

「宍道殿、ご武運を」

「かたじけない」

 ひと声かけて小原隆言は帰途についた。

「よし、者共!鳶ヶ巣城に向かうぞ」

 宍道隆慶はかつての自分の城に向かって軍を進めた。宍道氏は塩冶とともに出雲西部の名門であり、尼子の一門でもある。宍道湖の水運を束ね権勢は強かった。思えば塩冶の乱でつまずいたのが痛かった。富田合戦でも勝ちきれなんだ。しかし今度こそは勝って見せる。好き勝手に戦をする尼子宗家にはついていけん。頭を変えねばならん。

 通い慣れた道を走る。鰐淵寺の南から鼻高山を超えると鳶ヶ巣城の北に出る。広くはないが十分行軍に使える道だ。栄芸は強訴を率いて白鹿城しらがじょうに向かっているはずだ。物見を放ち栄芸に連絡をとる。我らはその隙に鳶ヶ巣城を占拠するのだ。見えてきた、鳶ヶ巣山の上の儂の城が見えてきた!城に着くと城門が開く。そして歓声が湧いた。

「隆慶様!お久しぶりでございます。よう出雲にもどられましたな。感無量にございます」

 顔見知りの城代が平伏する。その後ろに何人かのものが同じく頭を下げる。

「我は戻ってきたぞ。者共、再び宍道の栄華を取り戻そうぞ!」

「おー!」

 隆慶一党は大いに気勢を上げた。城からは斐伊川、宍道湖、出雲平野が一望できる。ここだ、この場所だ。儂がいるべき場所はここだ!明日になれば宍道、三沢、三刀屋、塩冶などから富田に反旗を翻す軍が動きだす。勢いのまま白鹿城を落とし国久様の下知にしたがうのだ。今儂がしていることは尼子を正しき道に戻す行いである。強訴を起こされるような無能な殿などいらん。隆慶は心の昂ぶりを抑えることができなかった。金山要害山城かなやまようがいやまじょうにいる宍道九郎に早馬を出し明日、白鹿城に兵を進めよと沙汰を出した。

 しばらくすると百姓達が酒と食べ物を抱えてきた。

「宍道さま、食べて飲んで疲れを癒やしてくださいませ。そしてから富田の強欲共を成敗してくだせー」

「わかった、任せるが良い。この宍道隆慶が戻ったからには何も心配いらん!」

 酒盛りが始まった。女共もやってきて日が沈む前から飲めや歌えの宴会だ。笛の音が響き太鼓を叩き楽しく踊る。物見ももどってきた。強訴はそのまま白鹿城を囲むらしい。よし、明日は白鹿城で国久様をお迎えするぞ。グッと酒をあおる。こんなに美味い酒を飲むのはいつ以来だろう。いつしか隆慶も、兵らも緊張が解けて眠りに落ちていった。



 何やら物音がする。人が走る音。物が土間に落ちる音。叫び声にくぐもった声。刀や槍で切り結ぶ音。宍道隆慶は目をさました。周りにいる兵たちも起き出した。これは夜襲か!刀に手をかけ扉を開けると兵たちが次々に倒れていく様が目に映る。啞然としている隆慶の前に男たちが現れた

「宍道隆慶どの、年貢の収めどきだ。比叡尾山城からずっとこの時を待っていたぞ」

「なんだと。己らは仏敵になりたいのか!儂は己を見失った尼子を仏と共に正道に導くためここに居るのじゃ、成敗してくれる」

「おい、まだ酔っているのか。いい加減目を覚ませ。さっきも言ったろ。あんたが比叡尾山城に入った時から待っていたと。言ってる意味がわかるか?」

 隆慶は少し考えた。背中にじわっと嫌な粟がたつ。

「儂は付けられていたのか」

「そのとおり。あんたは泳がされていたのさ。膿を全部絞り出すためにな。もう話は終わりだ」

 男どもが音もなく飛び掛かってきた。次々に兵たちに襲いかかる。さしたる抵抗もできずに兵たちは落命する。

「おのれ!何者だ」

 隆慶は声を上げ、自分に近づいてくる男に袈裟に切りかかった。男は隆慶の刀を軽く受け流すと同時に腰が入った強い蹴りを放つ。一連の動きに無駄がない。たまらず尻もちをついた隆慶の首に刀が当てられる。

「こんな、なせだー」

「さらばだ。宍道殿」

 刀が一閃し首が落ちた。


 銀兵衛の前に一人の男がつれて来られた。

「こういうことだ。言ったとおりだろう。宍道九郎殿には事の顛末をつぶさに伝えよ。そしてくれぐれも尼子に弓引くなど考えるでないと進言しろ」

「ははっ、しかと伝えまする」

 男は足早に主が待つ金山要害山城に向かっていった。

「よーし、首は富田に届けろ。これから鰐淵寺の監視に向かう」

 城を落とすのは鉢屋の十八番だ。銀兵衛は思った以上に簡単だったので少々つまらんと思った。

 しかし尼子の若殿は気前は恐ろしく良いが人使いは荒い。今日は一日中働き通し、今からまだ一仕事ある。割に合わん、もっと銀子をふんだくっとけばよかった、尼子の行くところ鉢屋あり、じゃなくて三郎の行くところ鉢屋ありの間違いじゃないのか、などと思いながら銀兵衛は城を後にした。




 



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