第41話 1547年(天文十六年)10月 九鬼城下(転生前の広島県神石高原町)
10月8日、九鬼城に向かって進軍する尼子晴久の軍勢は城の北から西南に流れる小田川に沿って布陣する大内、毛利軍勢を発見した。
城に籠らず野戦を挑まんとする敵軍勢。如何なる対応を行うか、晴久は暫し行軍を止め、諸将を集めた。
「このまま敵を無視して進軍すれば、神辺から来る軍と挟み撃ちにあいましょう。あの軍勢は叩かねばなりません」
部将らの意見は一致していた。晴久はそれを肯定しつつ、敵の意図を探っていた。九鬼城攻めはあると思っていたが、敵が野戦を挑んで来たのは意外だった。籠城して九鬼城に我が軍勢を足止めし、神辺城に侵攻させない策をとると思っていたのだ。
「では皆の者、敵を打ち破り意気揚々と神辺城に向かおうぞ」
晴久は敵軍勢に向かって進軍を開始する。すると敵も反応して…引き出した。城の南から街道に続く道に沿って移動する。尼子軍から遠ざかっていくのだ。
「九鬼城は捨てるのか?」
尼子軍はさっきまで敵が布陣していた地点まで進み、一旦停止する。城に物見を放つと中はもぬけの殻だった。北西にある固屋城も同じだ。
「殿、糧食もありませぬ。補給は無理かと」
九鬼城を落とし兵糧を得ようとしていたがアテが外れた。こうなればこの場所に長居は無用、再び敵に向かって進軍する。またもや敵軍勢は引いてゆく。急ぎ引くのではなく、こちらが捕捉出来る距離を保ちながら引いてゆく。
これは…誘い込まれている。何処に伏兵を置いているのだ。進軍を止めようと思った晴久の元へ近習が駆け寄る。
「殿、
高田城が奪われたこと、新見庄に三村と毛利が攻め込んできたこと、美作の消息が入らないことを告げられた晴久は即撤退を決断した。そして最後の伝書鳩を
「殿、直ぐにお立ちを。我らが
家老の佐世清宗は進んで殿軍を申し出た。晴久の脳裏に浮かぶのは吉田郡山城からの撤退だった。城を攻め切れず時間だけを費やし、大内の援軍が到着。決戦を挑むものの、もはや安芸銀山城への救援の道は閉ざされてしまった。戦う意味が失せ撤退を余儀なくされ、多くの兵を失った。また、同じ事が繰り返されるのか…
晴久は諸将にむかって声を上げた。
「皆の者、我が軍勢は出来るだけ多く富田に戻らねばならん。伝令は富田から三次と新見に軍が出ると告げている。儂だけ先に逃げるは下策ぞ。全軍一丸となって富田に戻るのじゃ。郡山の轍は踏まぬようにせねばならん」
晴久は配下の五将に千人ずつ兵を振り分け撤退を開始した。同時に物見を放つ。今まで進んで来た道と、北西の
小田川を尼子軍は渡る。だが鉢屋冶弥三郎率いる鉄砲隊は川を渡らず、徒渉地点に隣接する林の中に身を潜めた。富田城下の鉢屋衆は晴久の指揮下にあり、鉄砲隊として編成されていた。鉄砲の数は五十。
殿を務める佐世清宗隊が小田川を渡った。尼子軍を追いかけているのは
佐世清宗の軍は徒渉後、まごついていた。尼子軍が渋滞しているのか。大内勢は速やかに接近し清宗の軍に討ってかかる。その時北の林から銃声が轟く。十人近くの兵がつんのめる。
「なに、種子島か?!」
弘中隆兼、青景隆著は初めて鉄砲による射撃を受けた。兵たちは動揺し足が止まる。二人も咄嗟の判断を下せなかった。続いて二射目が放たれる。またもや兵が倒れていく。
「止まるな。あの林じゃ。討ち取れい!」
隆兼は指示を出し林に向かって兵を指し向けたが、兵どもの足は鈍い。
清宗の軍は方向転換を終えていた。まごついていたのではない。引きつけていたのだ。清宗の右に
三つの軍は同時に大内軍に襲いかかった。三刀屋、松田そして平野は七月の美作高田城攻めにも従軍している。そのとき野戦、攻城戦を晴久の下で戦っている。軍の連携が深まっている。佐世と多胡も晴久と長らく戦っている。尼子軍は纏まりが良かった。それに手入れの行き届いた武具を全兵士が装備していた。鉄と銀が尼子軍を強化していた。
三方向から弩の矢が放たれ次々に先頭から大内兵が倒れていく。狭い窪地のような場所で大内兵は混乱し揉み合い、もと来た道を戻りだす。しかし近づいた時とは違いなかなか引くことはできない。
「くっ、ひけい!井関まで引くのじゃ」
隆兼と隆著は軍を引くしかなかった。
晴久の元に物見が帰ってきた。小田川沿いに敵はおらず、北西の亀山八幡宮までも敵はいない。晴久は亀山八幡宮方面への進軍を選択。全軍は動き始める。
開始は上々。このまま行きたいものだ。晴久は決意を新たに月山富田城を目指した。
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