第42話 1547年(天文十六年)10月 神石高原 安田

 毛利元就、毛利隆元、小早川隆景らはそれぞれの手勢と安芸、備後国衆合わせて四千を率いて安田にいた。ここから南西に折れ弘仲、青景率いる軍勢と尼子軍を挟撃する手はずであったのだが、大内勢が撤退したため作戦は頓挫し戦略の再構築をしている。元就は隆元と隆景を呼び策を練る。

「このまま尼子を富田に帰すのは、面白くないのでは」

 隆元が少し焦りを浮かべながら口を開ける。

 元就は二人の息子に問うた。

「我らはなんの為、九鬼城まで出張ったのじゃ」

「尼子を神辺城に近付けない為でございます」

 隆景は即答した。

 その通りである。山名理興やまなただおきは思いの外手強かった。一年以上城を囲みやっと落城が見えて来たこの時に、尼子軍がやってくる。対処を誤れば神辺城が息を吹き替えしてしまう。それはあってはならぬ事。故に尼子軍を神辺城に近づけては行けない、近くで野戦などもっての外。

 それともう一つ目的がある。兵の損耗を最小にすること。神辺城に最後の一撃を加えなければならない。城を落としたらその勢いのまま備中に侵攻し細川通薫ほそかわみちただの居城、政所山まどころやまを攻める。備後、備中の尼子勢力を一掃するのが大内、毛利の戦略なのだ。これでやっと月山富田城での敗戦を挽回できる。まだ戦は途中。兵力を温存しなくてはならないのだ。


 尼子軍は固屋城の脇を通りこの先の安田を経て油木、東城に向かうようだ。

「父上、この先の安田にある亀山八幡神社にて尼子軍を待ちましょう」

 隆元が進言する。

「待つ、とな」

「そうです。大内勢を退けた尼子軍、まずは見てみないことには何とも言えませぬ」

 ほう、こやつ言うようになったのう。

「某も兄上の言に賛成にございます」

 隆景も同意する。

「相分かった。軍を進めよ」

 半里ほど進み神社についた毛利軍勢は神社の南に布陣する。程なくして尼子軍が北に見えた。


 粛々と行軍する尼子軍。彼我の距離、約三丁(約330m)。元就はそのさまを熟覧した。誰一人として粗末な武具は持っていない。全てが同じ物のようだ。儂等を見向きもせず只ひたすら北に向かって歩いてゆく。なんと軍令の行き届いたことよ。

 尼子軍は戦慣れした手強い軍だ。特に新宮党は攻勢時の圧力が強く守勢にまわっても粘り強い。将に対する忠誠が厚く尼子を担っているという矜持も高かった。国久、誠久といった部将も歴戦のツワモノたちが多い。その新宮党はもういない。上手く潰れてくれおった。

 目の前を歩いてゆく尼子は…元就が見たことのない尼子軍であった。静かだのう。軍としての佇まいが本当に静かだのう。不気味な群れじゃ…元就は息子等に問うた。

「どうじゃ隆元、見た感想は」

「あれほど静かに進みゆく軍を見たことがありません。負けたわけではないのに…」

「隆景、どうじゃ」

「新見が塞がれ、高田城も落ちたと知っているはずでしょう。なのにあの静けさ。策があるかと。東城は大丈夫でしょうか?」

「あの武具の揃い具合、揃える手間暇もそうですがかかる銭がいかほど…腹が立ちますが今の毛利ではちと厳しいかと。大森が欲しいです。あと交易をもっとやらねば」

 隆元は頭の中で算盤を弾いていた。

「うむ、あの正面に出張っている兵は囮じゃな。後ろになにやら潜んでおる。それが匂うてきたの」

「種子島…ですか。風に乗って火縄の匂いがしてまいりました」

 隆景の顔に薄っすらと笑みが浮かぶ。こやつ、種子島を前にして新たな策でも思いついたか、それともただ見たいだけか?

「隆元、東城に使いを出せ。尼子を城外で迎え撃てと。後ろから我らが挟み撃ちにするゆえ恐れることはないと伝えよ。隆景、先鋒を努めよ。仕掛けるのは東城についてからじゃ。尼子を揺さぶってくれようぞ」

 毛利軍は尼子軍の後ろにピタッと貼り付いた。今にも襲いかからんとする気配を滲ませながら尼子を追尾する。東城で何が起こるのか。元就は楽しみになっていた。戦が面白いと感じるのは本当に久しぶりだ。尼子晴久、我が敵手として言うことなし。息子共も良きかな。何やら幸せな元就であった。





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