第84話 1555年(天文二十四年)7月 将軍山城 其の二
周りでは尼子兵と三好兵が入り乱れ戦いが続いている。
甚次郎は名乗りを上げたあと弓を構え
(近づかれちゃったよ。困ったな)
ぶつかる視線を不意に右に逸らせた。十河もそれにつられ視線が移動する。甚次郎は左に跳んだ。跳びながら矢を放つ。当然のごとく十河は矢を弾く。身体の向きを甚次郎を正面に捉えるように動かしながら、甚次郎との距離を詰めていく。
左足で地面を蹴って甚次郎は十河に向かう。横移動からの急変、それにこまかなジグザグを織り交ぜ矢を放つタイミングを伺う。
十河は喜んでいる。
(また向かってくるのか。童)
両者の間隔は詰まっていく。甚次郎が放つ矢の相対速度は上がる。まだ反応出来る十河。矢を弾く。直ぐ目の前に次の矢がある。それは分かっている。首を傾げかわす。入った。槍の間合いに。なっ!飛んできた、弓が。視界が遮られる。
甚次郎は十河の足元に飛び込みながら腰に着けた脇差を抜いて足に斬りかかる。足一本もらった!しかし背骨がゾクゾクした。手をついて反動をつけ横に。。。左の脇の下に鈍い痛みが走る。十河の槍の持ち手が地面に刺さった。衝撃が拡がり息が止まる。転げるようにして遠ざかり、態勢を整え十河を見る。間合いが近い。
(いや、これってもしかして無理ゲー?!)
脇差を構え、気迫は負けぬよう睨みつける。
三好の上手い攻めで東の郭は落ちそうだ。この状況を打開するには…十河一存を無力化、もしくは排除すること。頭を潰すしか三好兵を退かせることはできない。だが…
(こんな人いるんだ。すごいな!クーッ)
甚次郎の顔に妖しい笑みが浮かぶ。
「とんでもない童よ。惜しいがこれも武士の定め」
十河一存は槍の穂先をしっかりと甚次郎に定め、ゆっくりと歩きだす。甚次郎、万策尽きたか。
十河一存の両目がクワッと拡がり瞬時に身体が反転、突き出された槍を受け止める。
「気配は殺していたつもりなんだがなーっ」
新たに現れた武士と槍の打ち合いが始まった。お互い一歩も引かない。火花が散り激突音が鳴り響く。途切れない。息を合わせたように同時に二人は跳び下がった。尼子、三好の兵たちが自然と二人から遠ざかる。
新たなる相手に鬼は満面の笑みを浮かべる。
「楽しいのう。名は何と言う」
漢は答えた。
「尼子松寄直轄軍副将、
再び鳴り響く打ち合いの音。直線的で速い朝新の槍は十河一存と比べても遜色ない。
またも水入り。これだけ打ち合っても両者の息の乱れは僅かだ。十河一存は先程より少し低く腰を下げた。朝新はその変化を感じた。何が来る?待つな、先手を取れ。十河より先に踏み込んだ朝新の槍をいなし返しの突きが伸びる。変わらんぞ、さっきと。虚仮威しか十河の槍を受け流し、前へ一歩踏み込め…ない。続けて弾き前へ一歩踏み込め…ない?ぬっ、何か違う。打ち合うたび押し込まれていく鬼の手数が増える。
(次から次へと、間が短かい)
十河の槍を突く速さは変わらないようだが引きが速い。槍が入る角度も変わる。
「それそれー!」
十河の回転が上がる。槍の出何処が、軌跡が増える。飛んで来る範囲が拡がっている。
「おおっ。くそーっ」
防戦一方に追い込まれていく朝新。じりじり後退していく。その時、一つの矢が飛んできた。
「チィ…童」
「くそっ。また躱した」
甚次郎は次の矢を構える。
「よそ見している場合かー」
ここぞとばかりに朝新は突きを入れる。
十河の動きに制限がかかった。甚次郎の矢が頭に刻まれたので、どうしても余分な動作が入る。
「くっ、二人掛かりか」
十河の問に朝新が答える。
「武士は勝ってこそ武士。朝倉宗滴殿もそう申しておる!」
朝新と甚次郎、二人掛かりで鬼十河とどっこいどっこい。討ち取れそうではない。
鬼を中心に左回りに朝新、右回りに甚次郎。扇が開くような構図が描かれ…
「種子島!!!」
切羽詰まった声が十河一存に届いた。右に回転して転げる。後の方で玉が土にめり込んだ。立ち上がった十河の前に三好兵が十河を庇うように立つ。
「民部太夫様、狙われておりまする」
顔をあげ遠くを見ると赤い火種が見えた。二つ。増えて三つになった。
(ぬう、流石に無理か)
更に三好兵が十河に駆け寄る。
「弥之助、礼を言うぞ。後に下がる」
十河一存と三好兵達は甚次郎と朝新から離れて行く。少し三好の気勢が落ちたか。
郭に架かる吊り橋を弩を持った尼子兵が渡って来る。彼らに向かって朝新が指示をだす。
「十河を中心に面制圧!他は弓を守れ」
弩の矢が曲射で放たれ十河一存の周りに落ちる。槍を抱えた尼子兵は弩兵を守る位置につく。
ダーン!ダダーン!
散発的ながら鉄砲が撃ち込まれ三好兵が倒れる。標的は十河だ。射線が通れば撃ってくる。尼子兵たちは郭の西、吊り橋が架かっている方に集まることに成功しつつある。
「ここまでか」
十河一存は引くことを決めた。
「次はないぞー、童!皆のもの引くぞー」
三好兵は郭から撤退を始める。
「付いてこい。南に行くぞ」
朝新は南に続く郭に兵を引き連れて向かう。
半刻ほど過ぎ城を攻めていた三好軍は引いた。この夜の戦はこれまで。だが日が昇ればまた攻め寄せて来るだろう。三好の攻撃を今日は凌いだが、明日も凌げるとは限らない。そう思わせる、強き攻めであった。
「はー、なんとかなりましたね〜。でもアレはインチキですよ。チートでしょ」
甚次郎は一息ついた。
自分、朝新、鉄砲。三つの攻めを仕掛けて傷一つ負わすことが出来なかった。
「次は必ず討ち取る!!!」
真木上野介朝新は決意を新たにする。
(突出した『個』か…。御屋形様が言ってたな。たまにそんな規格外がいるって。いい勉強になったな)
妖しく笑う甚次郎。何かが目覚めたか。
「上野介様、甚次郎殿。御屋形様がお呼びに御座います」
二人は本郭に向かった。
日が昇った。下京を多くの荷駄が数珠繋ぎになり北白川に向けて進んでいく。三万もの軍勢が戦をしているのだ。兵たちの食料確保は軍の死活問題だ。
その荷駄隊にボロボロで薄汚れた布切れを着た(巻いた?)乞食たちが集まってくる。
「来るな、どけ!河原者がよってくるでない」
荷駄を警護する足軽が乞食を追い払おうと、槍を振り回す。乞食は何事もなかったように槍を躱すと足軽の前に詰め寄って手に持った小さな刀で首を切った。真っ赤な血が吹き上がり足軽は絶命する。それを合図に集まっていた乞食たちが一斉に荷駄隊に襲いかかる。
次々に倒れていく足軽たち。我を取り戻した荷駄を引く人足は荷駄から離れ一目散に逃げ出した。
「いかん!荷駄を守れ!ゴフッ」
足軽の長らしきものが言葉を放った直後に討ち取られる。そして新たに多くの乞食たちが荷駄に向けて走り込んできた。餌に群がる蟻のように荷駄に張り付き、米を奪っていく。乞食の数は増える一方だ。
かくして届くはずの三好の米は下京に吸われていった。
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