第56話 1551年(天文二十年)9月 備中国 石蟹山城、鶴首城、松山城
三村家親率いる軍勢は静かに 斜面を登り石蟹山城の主郭に近づいていた。遠くから聞こえてきた鉄砲の音を聞き、庄為資が尼子軍と交戦状態に入ったと判断し全軍に斜面を一気に駆け上がるように命を出した。登り始めた足軽の周りで突然音が、カランカランと鳴子の音が響いた。黒い糸が斜面に張ってあり、兵が糸に引っ掛かったのだ。
「くっ、読まれていた」
思わず口をついて出た言葉の次に
「いかん、伏せろ!!」
家親は叫んでいた。
城に無数の火蓋が浮かび上がり鉄砲玉が撃ち降ろされる。篝火が掲げられ兵の姿が露わになる。奇襲は読まれていた。もう引くしかない。激しさをます鉄砲の発射音に急かされるように三村の軍勢は斜面を降りていった。
(これでは城を落とすのは容易ではない。毛利殿に出張ってもらわねばだめか)
家親は毛利の援軍を頼むしか策が思いつかない。
三村家親、庄為資が退いた一刻半後、
三村と庄の軍勢はそこそこのの被害を出したが、尼子軍が追撃しなかったため軍をまとめ城に帰っている途中だった。北から尼子軍が進軍してきたと聞いてあわてて進軍速度を上げる。両者ともなんとか尼子軍に追いつかれずに済んだ。
尼子軍は高梁川と
松山城下に布陣した尼子軍は動かない。城攻めを始める気配もない。松山城を睨んでいるかのようだ。城下で乱取りも行わない。
「何がしたいんじゃ」
庄為資が訝しんでいると南の方から音がする。なんの音かと耳を澄ませば鉄砲の音。鶴首城か。尼子が鶴首城を攻めている。
「者共、来るぞー!死ぬ気で守るんじゃ!」
為資は吠えた。
三沢為清は兵たちを見回しながら状態を確認している。姿勢、動き、間の取り方、視線など基準に達しているかどうかを検分している。兵たちは指示に従い黙々と鉄砲を撃つ。それが彼らの仕事だからだ。
「次、五番隊前へ」
今まで鉄砲を撃っていた足軽の一団は下がり待機していた次の者たちが前に出てきた。
「構えー。撃てー」
侍大将の指示で鉄砲の音が再び木霊する。
尼子軍は鉄砲の調練を行っているのだ。的は鶴首城。三村の兵は外を見ることなく城内でじっとしている。尼子軍が城門を叩き壊し突入してくる時を待っている。鉄砲の音は果てしなく続く。もういい加減、音には慣れたころ、ついに音は止まった。くるぞ!全ての兵が覚悟を決めた。槍を、刀を、弓を握りしめる………
…何も起こらない。静寂だけが続いていく。
三村家親は近習に外を見てこいと促した。静かに、早足で曲輪に近づき、近習は外を見た。尼子兵はいなかった。
三沢為清の軍は横道兵介の軍と合流し、一つになった尼子軍はそのまま新見に向けて帰路についた。
庄為資は何が起こったのか分からなかったが、思い出したように伝令を鶴首城に向けて走らせた。
鶴首城は穴だらけだった。どれだけの鉄砲玉を撃ち込まれたのだろう。伝令の知らせを聞いた後、鶴首城に出向いた庄為資はボロボロになっている城の曲輪を見て身震いした。
「三村殿、怪我はないか」
「ああ、かすり傷一つない。城の奥に引っ込んでいたからのう。松山城はどうなんじゃ」
「…儂らの城は…無傷じゃ。尼子は城を囲んでおるだけで何もせんかった」
「なんじゃと?ただ城を見ておっただけじゃと!」
「…そうじゃ」
三村家親は怒りに震えた。
「なんじゃこれは!!なにがしたいんじゃ!ふざけるのも大概にせい!!!」
家親は踵を返し天守に戻っていった。
神西元通は忙しくも慣れた様子で指示を出していた。美作を通る出雲街道から分かれて新見庄まで続く街道の整備をしているのだ。新見国経が千五百の兵を率いてきたとき、神西元通も黒鍬衆五百を連れて新見に来ていた。
この黒鍬衆が櫓、雨よけの屋根、鳴子などを造り配置したのだ。三郎の命を受け流民たちを動員し街道整備を始めたときから何年経っただろう。街道だけでなく斐伊川の堤防、川違え、干拓など治水も取り組んできた。今や神西元通は尼子にとってなくてはならない土木事業の第一人者となっていた。その力は戦においても存分に発揮されることになる。神西率いる黒鍬衆は尼子直轄軍を支える縁の下の力持ちだ。彼らが構築する建造物、陣地が直轄軍の戦力を補強、増加させる。
今は大急ぎで街道を整備する。これによって出雲、伯耆から新見まで交通網が整備され、新見が完全な尼子領となるのだ。
「さて、新見が終わったら次はどこの街道を整備するんかのー」
嬉しそうに元道はつぶやいた。
新見に進行してきた尼子軍のうち直轄軍は九月末まで新見に駐留した。その間合わせて三回ほど松山城、鶴首城に進行し鶴首城では鉄砲調練、松山城では身体鍛錬を行った。出雲にいるときは松寄の駐屯地で調練できるが新見だとそうはいかない。特に民を従えるのに最初が肝心だ。いらぬ不安を民にあたえてはならん。よって示威を兼ねて三村家親と庄為資の城の前で調練を行ったのだ。
千五百の軍勢を残し、直轄軍は八雲に帰っていく。新見駐屯軍の指揮は
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