第57話 1551年(天文二十年)10月 出雲国 八雲城、大内領

「八雲にもけふ九重の霞かな」


 当代一の連歌師、宗養そうよう殿が発句を読まれた。


「あひにぁひぬ花にくは々る宿の春」


 牛尾遠江守幸清が付けた。


 続けて次々に句が読まれる。

 晴久は連歌を好み、宗牧そうぼくから送られた『択全集』を日常座右に置いて連歌の実作に励んだ。結果、佳句を読めるまで上達した。

 晴久に続けと家臣たちも連歌に励む。

 ついに宗牧のあとを継いだ宗養を招き、八雲城の本丸御殿にて城の完成を祝う連歌会れんがえが行われた。

 なんと太政大臣、三条公頼様も参加している。山口から難を逃れて出雲にたどり着かれたのだ。


 八雲城下では道行く人に酒、そば、握り飯が振舞われる。童には菓子と甘い瓜だ。垂水神社たるみじんじゃから矢が刺さった神輿しんよが運び出され本町通りを通って八雲城まで練り歩く。民百姓が後ろに続き笛がなり太鼓が響く。祭りは始まったばかりだ。



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 天文二十年九月十一日、大内方である槌山城つちやまじょうに陶方武将である乃美賢勝のみかたかつ脇兼利わきかねとしと共に攻め込んだ毛利元就は、激戦の末槌山城を落とし、ほぼ同時に鳥籠山城とこのやまじょうも制圧。安芸国を完全に掌握した。

 大寧寺の変による大内領内の混乱は日を追って酷くなっていった。その中で安芸国は毛利家主導の下、目立った混乱はなく平穏な日々が続いている。備後、備中はどうだろう。

 備後神辺城落城後、備後、備中における尼子方国衆は次々に大内方に鞍替えし両国は大内の支配下に置かれた。

 それから二年後、大内家が内部から崩壊するなど誰も考えることなどできなかっただろう。大内本領から遠い備後、備中においても大寧寺の変の影響はとても大きかった。尼子を退けたから大内に付いたのだ、その大内が…下克上を果たした陶につくのか、主家の大内(まだあるのか?)につくのかそれとも…尼子につく…?!

 尼子は目立った戦をしていない。故に武は衰えたかもしれん。新宮党はとっくに粛清された。しかしこのところ聞こえてくる噂はどれも景気のいい話ばかりだ。大森銀山からは面白いように銀が採れる。その銀を目当てに明、朝鮮、南蛮の船がひっきりなしに出雲の湊にやってきては争って交易をする。出雲に日の本の外から富が大量に運ばれてくる。諸国の商人たちは出雲に頻繁に出向くようになった。関所も少なく税も取られない。街道も歩きやすく賊も出ない。いい事ずくめだ。温泉津は山陰道で並ぶもののない宿場町へと変貌した。女郎は進んで温泉津に向かうという。羽振りのいい上客が沢山いるのだそうだ。そして杵築の南に新しい城と町ができ周りの民百姓や遠く因幡、但馬からも流民が流れ込んでいるという。

 尼子は国衆の所領を召し上げ、代わりに俸禄を与え家臣とする。先祖伝来の土地を取り上げられるのはイヤだが、食うに困らぬならいいかもしれん。家を潰されることもないという。ならば…うーむ、しかし尼子は大内より強いのか…などと自分たちの行く末をまた考え出した国衆たちが大半だ。そんな中で尼子が久しぶりに軍を動かし、あっという間に新見庄を抑え、三村氏、庄氏を震え上がらせている。

 備後、備中に何とも言えない空気が漂い始めた。


 石見の吉見正頼よしみまさよりは陶隆房に公然と反旗を翻した。逆賊陶隆房許すまじ、御屋形様の仇を討つと息巻いている。


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 立原源太兵衛久綱たちはらげんたびょうえいひさつなは主君である三郎にある献策をしていた。立原は横田衆を任され、銀兵衛への連絡係を努め、御用商人である坪内と連携し御師ともつながりを持つ、尼子の諜報部の長である。

 何を献策したのか。国衆に対する調略である。大寧寺の変を知って動揺する備後、備中の国衆に対して尼子に寝返るよう調略を仕掛ける。新見庄の制圧と備後との国境における頻繁な軍事行動は国衆に対して効果的な威圧になっている。ここでもう一歩踏み込んでみてはどうでしょうかと立原は三郎に上申したのだ。

 国衆の所領安堵を行わない尼子にとって、国衆を寝返らす調略はあまり意味がないし成功率は低いと三郎は思っているが、部下の献策を頭から否定するのも良くないし、成功するかもしれない。これは晴久に伺いを立てるべきだと判断し、報告した。

 晴久はしばし考え、策を承認し立原に許可を与えた。ダメでも良い、成せれば良き牽制になるやもしれん。立原はすぐに動き出した。大内支配下の国にも頻繁に出入りするようになった杵築の御師を使う。密命を帯びた御師や御師に扮した横田衆(どっちがどっちだ?)が備後、備中に放たれる。さあ、喰らい付くのはどの国衆かな…


 平穏な日々は終わりを告げようとしている。山陰、山陽に戦の波が押し寄せてきた。

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