第73話 1553年(天文二十二年)8月〜1554年(天文二十三年)2月 安芸、その他
八月十一日、津和野から撤退した陶隆房は宮川房長率いる三千の軍勢を安芸に向けて出陣させた。尼子と毛利が盟約を結んだ事が判明し、動揺した陶であったがこの両者の同盟がどこまで深いものなのか、探る必要があると考えた。
まずは毛利にこれ以上好き放題やらす訳にはいかないと、軍勢を安芸に送った。そして尼子の動きを調べた。尼子は吉見領を占拠した後、侵攻を止めている。
宮川が率いた軍勢には甲田丹後守や周防山代の一揆勢など兵四千が合流し、桜尾城を望む折敷畑山に合計七千の軍勢が布陣した。毛利元就、毛利隆元、吉川元春、小早川隆景らの毛利軍は折敷畑山を囲み、九月五日の午後に総攻撃をかけた。
激戦を制したのは毛利。宮川も決して凡将ではないのだが、毛利が戦に臨む気勢が違った。宮川房長は切腹し、折敷畑の戦いは毛利が勝利した。
しかしその後が続かない。折敷畑山から山里に進んだ毛利は山里一揆という予想外の抵抗に遭遇する。毛利の支配を受け入れたくないのか、宮川の指示か、一揆勢はしぶとく抵抗を続けた。その拠点である友田高森要害が陥落したのは年が明けて天文二十三年、二月であった。
「時間がかかりすぎだ」
毛利隆元は友田高森要害を後にしながら苦々しく呟く。尼子が津和野、萩を抑えたため陶は全軍を毛利に向けることができない。この間も陶の水軍が厳島に攻めてきたり、呉・能美の警固衆(水軍)が毛利から離反するなど調略の手も伸びてきたが、それらは撃退、鎮圧した。にしても陶軍本隊はまだ健在であり時間が過ぎた故に整備されている。安芸、備後、備中の国衆も様子を見ている。皆が皆、陶と正面切って戦おうと思っているわけではない。
宍戸隆家がやってきた。
「御屋形様、尼子から使者が来ております」
「なに?ここに来ているのか」
「そうでございます。どうやら砦が落ちるのを待っていたようで」
「桜尾城に連れて行くのだ。場を整えよ!父上も探してまいれ」
「はっ」
かくして急遽、桜尾城にて元就と隆元は尼子の使者と面会することになった。使者の名は
「一揆勢の殲滅、おめでとうございます。出雲に戻った折には
「うむ、では今日の用向きをお伝え願おう」
「はっ、主より書状を預かってまいりました。ご一読ください」
兼定は懐から書状を取り出し宍戸に渡した。宍戸から書状を受取り、読み始めた隆元は書状から目を離さずに問いかける。
「出雲守殿は真に毛利が勝ったと思っておるのか」
結んだ盟約の文言に
『毛利の勝利が決まったと尼子が判断した時点で盟約を続けるかどうかの意思を毛利家に伝えるものとする』
とある。
書状には尼子は盟約を続けるとの意思と、新たな提案が書かれていた。
【毛利に銀千貫を貸付る。利息は年利一割五分で返済方式は元利定額残高横滑り方式とする。次に鉄砲五百丁を供与する。必要な硝石、鉛玉を安価で融通する。】
銀千貫(1貫3.75kg✕1000=3750kg)は二万石に相当する。転生前のお金に換算すると23億8720万円だ。
隆元は書状を元就に渡す。元就も書状に喰らいついている。
「年利一割五分ではなく1割ではどうか。返済方式はなんとなくわかる。毎月一定の額を収めていくということでよいのだな。それに追加の貸付にも応じてくれるのか」
さすが隆元。理解が早い。
「細かなことはこれから詰めるとして、まずはこのご提案に承諾していただけるということで宜しいでしょうか」
「うむ、異論はない。毛利は尼子と新たに盟約を結び直すことを求める。場所を代えたい。今から郡山に移ってもらうことになるがよろしいか」
「承知いたしました。では準備いたします。その前に主よりの伝言がありますのでお伝えいたします」
「ほう、なんと」
「毛利殿と博多で南蛮船を見ながら夕餉を食べたいと」
宇山は頭を下げたあと立ち上がり退席した。
元就が隆元に話しかける。
「尻を叩かれとるのう」
「全くでございます。ならばそれだけのことをしてもらわねば割に合いませぬ」
「…そうじゃな。隆元、練り直しぞ。戦場も考えねばならんのう」
「そうですね。しかし、尼子を使えるならできることは増えまする。元春、隆景の考えも聞きましょう」
隆元は帰り支度をしながら銭儲けを考えている。(廿日市に楽市を設けるか。それを安芸に拡める…かえって周防、長門がやりやすいはず。御屋形様が築かれた財産は如何ほど残っているだろう。やはり時をかけては駄目だ)
隆元は早期に大内領を併呑する決意をした。そして御屋形様が進めていた国造りを自分が引き継いでいこうと思った。誰に言うわけではないがそう決めたのだ。幸い尼子という面白いやつがいる。御屋形様の国と被ることもある。こいつから盗めるだけ盗んでいくぞ!
苛ついていた心が軽くなった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
二人の虚無僧が山陰道を東に進んでいる。今日の宿は鳥取の森福寺だ。
尼子が因幡を治めて一番かわったのは賀露の湊だ。日に日に整備、拡張され大きな船(朱印船というらしい)が入って来るようになった。必要な物から珍しいモノまで沢山陸揚げされる。
因幡の民は驚きと同時に小躍りした。布勢天神山城の城下町が整っていく。楽市が立つ。但馬からも商人が買い付けに来るようになった。
「以前来たときには全く余裕がなかったが、じっくり見ると感嘆しかないのう」
「真にございます。国の治め方がちがいまする。してお師匠様、小浜行きの船は三、四日後にでるかもしれません」
「そうか。できれば二月のうちに小谷に着きたいのう」
殿はゆくゆくは領内を歩き回り旅籠、飯屋、名勝そして女郎屋まで番付をつけて民百姓に知らせる書物を作ってほしいと儂に言われた。『観光大使』という役職まで与えてくれるそうだ。最初は毎度の如く、何を言ってるのか分からなかったが、菊が儂に分かるように説明してくれた。なんという大役!儂が尼子の治世の一端を民百姓と他国にまで広めていくのだ。思わず身が引き締まった。興奮する儂を見て殿は続けた。
「舅殿、そのまえにまずは…」
くっくっくっ、なんたること。誠に我が殿は、我が婿殿は大黒天の生まれ変わりじゃ。必ずや成してみせましょうぞ。この命に変えても必ず…!!
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