第12話 1546年(天文十五年)8月 新宮館(しんぐうやかた)

 長男豊久を失った橋津川の戦いから一ヶ月後、尼子国久は新宮館に戻っていた。武田国信たけだくにのぶを討ち取り南條宗勝なんじょうむねかつは撃退。勝ち戦ではあったが豊久を失った国久の心は素直に勝利を喜べなかった。

 伯耆防衛の目処がたったので、国久は自領と出雲の様子を確認するため一旦吉田荘に戻った。一週間ほど過ごし伯耆に戻る予定であった。

 留守を預かっていた尼子敬久あまごたかひさ(国久の三男)が報告に訪れた。領内の米の作柄等を報告していく。

「…次に杵築について申し上げます」

「ん、杵築とな」

「はい、先月から杵築より御屋形様に送られる書状が増えております。それとともに父上宛の書状は減っております。また御屋形様より感状も国造宛に送られております」

「杵築が直接御屋形様とやり取りを行っているのか。どういうことだ。儂を無視するかのような動きではないか」

 塩冶の乱以降、塩冶は国久の領地となった。国久はもともと所有していた吉田荘に加え出雲西部にも強固な地盤を持つことになり尼子内でも権力を増している。そして杵築、鰐淵寺がくえんじなどの寺社勢力にも接近していった。寺社も国久を新たな塩冶の長と思い誼を通じていく。土着の勢力は簡単にはなくならない。

 しかしここに来て異変が起きている。杵築が国久を軽んじているのだ。

「一度国造どもに会っておかねばならんな。いったい何を考えておる。やれやれ、伯耆に戻るのが遅くなるわ。敬久、すぐに杵築に使いを出せ」

「承知しました。それと今晩塩冶の神職さまが御目通り願いたいとのことです」

「うむ、わかった。今聞いた杵築の件だな」

「そのようかと」

「それまで少し休む。夕食の時間に起こしてくれ」

 国久は部屋を出ていった。


 夕食を共にしながら国久と塩冶神社の神職は話をしている。話は今日の本題に移る。

「紀伊守さま。お耳に入れておきたいことが」

「杵築か」

「さすがご存じでございましたか。杵築ですが、ちとおかしな動きをしております」

「どんな動きだ」

「はい、民部少輔様に送る書状が増えております。それとともに富田のたたら場が大きく変わっているとの噂があります。なんでもたたら場を屋根で覆ったらしく雨が降っても鉄が作れるとのこと」

「うむ、儂もその話は聞いた。それと杵築がなんの関係があるのだ」

「鍛冶職人を大量に横田に送っております。鉄を使っていろんな道具を作らせているとか。して現地で三郎四郎様が直接鍛冶職人を差配しているそうです」

「なんだと、嫡男がその様なことをしているというのか。それが尼子の嫡男がすることか!」

「まったく、武家の嫡男にあるまじきこと。話になりませぬ。それに杵築のこの動き。理解ができませぬ」

「神職よ、この話まことであろうな」

「はい。間違いございません」

 国久は暫し目をつむり考えをまとめた。

「…ならば直接杵築に問うしかあるまい。その前に和田坊を通じて探りをいれるか」

「それが善きかと」

 和多坊栄芸わだぼうえいげい鰐淵寺がくえんじの住職である。出雲にいながら一貫して安芸毛利を支持する尼子にとって許しがたい者。その様な者とも国久は繋がっている。

 未だに信じられないという表情を浮かべながら、国久は鰐淵寺に送る書状の内容を考え始めた。横田で行われていることに関してもそろそろしかと調べた方がいいかもしれん。利になるならこちらが押さえる必要もあるな、などと国久の考えは広がっていく。

 さて、一筆書くとしよう。

 

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