第9話 1546年(天文十五年) 3月 杵築大社 其の二
日が沈み薄暗くなってゆく境内を歩きながら、今日の閑談について考えを巡らす。国久さまはどうなさるか…素直に童の話を聞くとは思えん。が、考えれば考えるほど儂らに不利はない。この先なにやら落とし穴があるかもしれんが何の罠があるか。杵築を取り込みたいのであって潰すことはあり得ん。儂らを認め讃えるなら誰が上に立とうとかまわん。童でもよし、国久でもよし。よしんば尼子がダメなら大内でもいいのだ。大内がダメになるならその次に来るものを担げばよい。それだけのことだ。深く考えすぎかもしれん。
「…なんだ、あれは」
思わず口から言葉がこぼれる。御本殿から光が漏れている。御本殿の中でなにかあったのか?!
「誰か本殿に忍び込んだか!」
叫ぶと同時に国造は走り出していた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
俺は北島屋敷を出て境内を歩いていた。今日は眠気がなかなか来ない。歩きながら午前に行われた閑談を振り返る。こちらが出した条件を飲まず難癖ばかり付けてくるようなら最終的には武力に訴えるしか…いやそれはないか。杵築を武で従えることは難しい。出雲の心の支柱が杵築だ。この先出雲統治の為にお互いに利がある形で杵築と関係を築きたい。尼子が持つ武と杵築の神威、二つが合わさってこそ支配が磐石になり大内とその先に来るであろう毛利と戦うことができる。でなければ滅亡の道が待っている。
気づいたら御本殿の近くに来ていた。御本殿に安置された杵築の御神体は見た者がいないそうだ。国造ですら見たことはないらしい。
うん?なんだ、本殿の入り口が空いている!
中から仄かに光が漏れている。この光は俺が慣れてきたこの時代の光と違ってなんか明るいぞ。
俺は静かに入り口に通ずる階段を上っていった。扉をくぐると声がした。
「このようなことが…御神体が光っておる」
板壁の向こうに誰かいる。この声は北島国造か。忍び足で板壁に近づき、続いて向こうに回ろうと壁づたいに歩く。
「これは、アワビ?光るアワ、ヴー、グアー」
国造のくぐ持った声がする。急いで板壁の向こうに回った。
「な、なんだ」
国造の身体が光に覆われている。光の粒が舞っている。たくさんの蛍でも飛んでいるのか。光の粒はさらに増えていく。置かれた箱の中から光の粒が沸き起こっているかのようだ。国造は光の粒を払うような動きをしていたが次第に動きが緩慢になりついに動かなくなった。今は直立不動の姿勢で立っている。身体全体が光に包まれその光はだんだんと弱まっていく。よく見ると光が身体に吸収されているようにも見える。暫くして操り人形のような動きをしながら国造はその場に仰向けになった。
俺はゆっくりと国造に近づいていった。そして国造をしばらく見た後、箱の中を除いた。布の上に大きな楕円形の物、亀の甲羅のようなものが置かれている。それが光っている。ただ光るだけでなく、所々点滅したり光が強くなったり弱くなったりしている。
これが杵築の御神体なのか。何かの装置のようだ。後ろを見ると先程と同じ体勢で国造は寝ている。俺はなにをすればいいんだ。今起こっていることが異常すぎて思考回路が止まっている。ただゆっくりと御神体と国造を交互に見ることしかできなかった。どれだけ時間が過ぎたんだろう。光の点滅が少なくなりついに御神体の発光は収まった。
「ううううう」
国造がうなったかとおもうと目が開いた。回りを見回していたその目が俺を見つけた。首を俺に向けて曲げる。じっと見たまま動かない。
「国造殿、大丈夫か」
国造に歩み寄る。
「三郎四郎」
俺を確認するかのような声を発した。目や手足が痙攣している。
突如痙攣は止まった。国造は何事もなかったように立ち上がり箱の中の御神体を片付けだした。
「国造殿、俺は見ていたぞ。お主が光に包まれるのを。大丈夫か」
俺の思考はなんとか動き出した。こんなことは前世でも経験したことはない。普通あり得ない。だが実際目の前で起こった出来事だ。戦国時代にドッキリはないだろう。誰も見たことがない御神体、それから出てきた光の粒。呑み込まれた国造…妖し?狐憑き?
いや、もう少し冷静に考えよう。狐など取り憑かんしアヤカシもいるかどうかわからん。
箱の蓋を閉じて国造は俺に向きなおった。
「三郎様は大国主命様より夢でお告げを受けたそうですね。私も今、お告げを受けました。尼子に合力し杵築の威信を日ノ本に知らしめよと」
「な?なんだって!」
なにを言ってるんだコイツ。
「見ておいでになったのでしょう。私が光に包まれるのを。光のなかで大国主命様のお言葉を授かりました。今日三郎様と閑談したのはまさしく大国主命様の導きだったのです」
起こった出来事にたいして論理的な説明はできないし真相を明かす事も難しい。がこの国造の申し出はほぼ満点だ。俺が望んでいた答えだ。この際真相究明は横において国造の申し出を受けるべきか…付き合っていけばなにが起こったのか探ることはできる。
「真にお言葉を受けたのか」
「私の有り様をご覧になったのでしょう。あの御業、大国主大神でなけらばなんと申せばよいのでしょう」
国造の雰囲気がなにやら違う気がした。
「分かった。よろしく頼む」
「流石でございます。それでこそ尼子の麒麟児、大国主命に連なるもの。こちらこそよろしくお頼みいたします。しいては明後日またお会いできませぬか。今後のことについてご相談したいと思いまする。場所はわが屋敷でいかがでしょうか」
「異存はない」
「では今日はここまで。速やかに屋敷へお戻りください。国造以外の者がこの場にいる事、あり得ぬことなれば。」
本殿を出て屋敷に戻りながら考える。戻って寝所にもぐりこんだがまだ考えている。なにがどうなったんだ。今の国造は今朝の国造となにが違うのか…俺のように転生者か、いや違うような。この世界は俺が生きていた世界とは少し違うのかもしれない。どこに行っても人生一寸先は闇ということか…その時、その場をいかに凌ぐか、それしかないか。博打は下手なんだが。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
北島国造がご神体の光に包まれた次の日。
千家と北島の両国造が本殿に向かって歩いている。供はおらず二人のみだ。日は暮れかかり闇が静かに辺りに湧いている。
「北島の、尼子の跡取りの申し出に対する返答はどうする」
千家国造が問う。北島は少し考えたあと本殿にて話を進めたいと。二人だけで。それならばと今両国造は本殿に向かっているのである。
「北島の…本殿になにゆえむかう」
「千家の、お主が問うた尼子の跡取りの件、それに答える前に先に知らせねばならぬことがある」
「それがあるゆえ本殿にむかうと」
「左様。行けばわかる」
二人は静かに扉を開け中に入り御神体の前に向かう。本殿の中はもうずいぶん暗い。
「千家の、これをごらんあれ」
北島が御神体を包む袱紗を開いていく。ほのかな光が立ち上る。
「な、なんと御神体が…北島の!これはいつからじゃ」
「例祭の時じゃ。千家の、もっと近こうよれ。御神体の側に」
「お、おう」
千家が御神体を覗きこむ。すると北島の時と同様光の粒が舞い千家を包んだ。硬直し後ろに倒れる千家を北島が支え床に寝かせた。北島は祝詞を唱えた。千家の目覚めは北島より早かった。
「どうじゃ気分は」と北島
「うむ、悪くない」と千家
「二つに分かれた出雲国造が長き時を経て一つになったな」
「そういうことだ」
「では始めるとするか。大国主大神の威光が日の本の果まで普く照らされるように。邪魔をする者は全て消さねばならん」
「ふふ。そうして行こうぞ。北島の」
二人の国造は力強い目で視線を繋ぎ頷いた。
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