第8話 1546年(天文十五年) 3月 杵築大社 其の一

 杵築の風調館にて61代出雲国造 北島雅孝きたじままさたかと同じく国造の千家高勝せんげたかかつが待つ部屋に宇山と本田を従え向かう。神代から続く出雲国造いずもこくぞうの権威は高く、この地に深く根付いている。幕府の力がなかなか及ばない勢力、守護など公然と無視する者たち。国造両家に嫁を送り込みその力を取り込もうとした尼子だが、話は上手く進まない。国造家は時勢を見て利がないと思えば直ちに反尼子に転じる。そもそも尼子を見下しているのだ。杵築を従えることが出来ねば尼子の未来は…やれるだけやるだけだ。出来ることをやる。やりきる。腹をくくって大広間に入る。

「忙しいお勤めの合間にこうして閑談の時間を設けてくれたこと感謝する。お互いに実りある話ができればと思っている」

 まずは礼をいう。

「尼子は出雲守護として更なる出雲発展の為の方策のひとつとして、杵築港の拡張及び宇龍港との一体となった運用を考えている。横田のたたら場で作られる鉄が順調に増えており、今後更に鉄の生産が増えることは確実になった。鉄だけでなく明、朝鮮、アユタヤとの交易も増やす予定だ。杵築に詣でる民百姓を尼子が差配し大幅に増やす事も考えている。この件は坪内に申し付けている。杵築には多くの民百姓と商人たちが集まることになる。寄進は大幅に増える。国造たちには色々と世話になるであろう。よろしく頼む。」

 一気に告げた。落ち着いていたとは思うが。

 国造たちの顔に薄く笑みがうかんだ。暫くして千家高勝が口を開いた。

「三郎様、お話は解りました。しかし我らは大国主命を祭る神職にございます。大黒様の御威光をこの世に在らしめることが本分にしてもっとも大事なお勤めにございます。それに関してはどのようにお考えなのでしょうか」

「尼子は出雲に生きる者として、杵築に対する変わらぬ信仰を示すため、大社おおやしろを今より高く作り直そうと思っている。大社は神代の時代、天にも届く高さだったと聞く。度重なる倒壊で低くなってしまったそうだが、少しでもありし日の形に大社を戻したいと思う。しいては国造殿がお持ちの本殿の図面、金輪御造営差図かなわごぞうえいさしずを見せていただくことは出来るだろうか」

 この申し出に千家の顔がひきつり、北島は目を剥いている。

「…差図…をなぜご存じで」

「夢の中に大国主命が現れ御神託を賜った。差図を見よとな。これすなわち本殿の普請。神代の杵築を室町の世に蘇らせろとの御告げである。」

 二人の国造の顔に驚愕と疑念が湧き起こる。

「真でございますか」

「嘘を言って何になる」

 俺は二人の目を交互に見たあと静かに答えた。

「少し席を外してもよろしいでしょうか」

 北島雅孝の提案を受け入れると二人の国造は部屋を出ていった。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 千家高勝が声を上げる。

「尼子の嫡男は何者だ。真にお告げを受けたのか」

「わからん。しかしあの童は麒麟児ともっぱらの噂だ。現に童の差配で横田でできる鉄の量が二倍三倍に増えている。これから更に増えるそうだ」

「確かなのか」

「そればかりか米の収量も増えるとの話がある。その米作りに宍道しんじも乗ったとか」

「なんと宍道が…惣領は大内に逃げたのであろう」

「ああ。童は宍道の米作りも差配するらしい」

 尼子の嫡男の噂を耳にしたのは最近の事だ。何やらよくわからん動きをしているが評判がいい。尼子家中のみならず民百姓からもいい噂を聞く。様子を探ろうかと思っていた矢先、三郎四郎が会いたいとやってきた。どれ、見定めてやろうと思っていたら斜め上を行かれた。この童、只者ではないようだ。

「千家の、今回の話は我らにとって基本的に利こそあれ損はない。ただどうしても避けて通れぬことがある」

「…国久さまだな」

「そうだ。塩冶を引き継がれた国久さまを上手く引き付け、今まで守護の威勢を削ってきたが童の申し出を受けるとなると国久さまはどうでるか…早急に国久さまと会わねばならんな」

「うむ。それまで童には待ってもらおう」

「国久さまがあの童をどう思っているのか…ここが肝要だな」

「わしも童について調べてみるとする」

「わかった。国久さまに会う日取りはこちらで決めておくわ。さて、行くか。とりあえず半月ほど待っていただくとしよう」

「そうしよう」

 うむ。何やら面白くなりそうだ。高勝と儂は立ち上がり三郎のもとへ向かった。

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