第7話 1546年(天文十五年) 1月 北近江
時は少し遡る。
「菊、出雲の尼子殿に輿入れせよ」
「えっ!お輿入れでございますか」
声をあげたのは菊ではなく侍女だった。
「お館様、菊様はまだ七つでございます。この歳でしかも出雲のような遠方へ輿入れなど、あんまりでございます」
「志乃。これは決まりじゃ。言う通りにせい。尼子との話がつき次第、出雲に向かえ。」
「お館さま…あんまりでございます…」
高延は続けた。
「お菊。出雲の尼子は我が京極の傍流、今は出雲、伯耆の守護を勤めておる。大内の大軍おも打ち破った強者じゃ。善き嫁ぎ先であるぞ。尼子民部少輔殿の嫡男、三郎殿の正室になるのじゃ」
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お父様はいつも怖い顔をしておられる。話しかけてもあまり相手をしてくださらない。お母様は口を開けばあれが足りない、これがない、戦はいつ終わるのかとお父様への恨み言しか言わない。私の話し相手は志乃しかいない。習い事を始めるときもなかなか師が見つからなかった。城の中にいても行けるところは少ししかない。外にもいけないし、とてもつまらない。
いきなり嫁にいけと言われたがお父様は私のことが嫌いなのであろうか。お母様は何も仰らない。志乃にいつかは嫁に行くのだと教わったがもう嫁にいくの?
出雲に向かう時が来た。お母様は調子が良くないと臥せっていた。お父様に出発の挨拶をする。
「菊よ。近江に舞い戻る事罷りならんぞ。今日から雲州がお前の生きる場所じゃ」
お父様の言葉に心が止まった。私は必要ないの?…これがおなごとしてのお勤めということ?…頭の中になにかが拡がり考えることができなくなっていく。
志乃に小谷から護衛の者と鉄砲鍛冶の者と一緒に小浜に向かうと聞いた。後で公家さまも一緒になられるとのこと。志乃はこんな嫁入り菊さまが不憫でなりませぬときつい顔をしていた。尼子はいかなる者なのかと、軽んじようものなら、我が身に代えても菊さまをお守りいたしますと、恐い顔をしていた。小浜の津から船に乗るという。護衛の者はここまで、後は尼子の者が案内するとのこと。
「お菊様、拙者、尼子家にて家老を勤めております
出迎えてきたのは尼子の家老職だった。公家様や職人たちも同じ船に案内された。
船は揺れたが思ったより楽に過ごすことができた。私と志乃はこうして雲州尼子家にやってきた。尼子三郎四郎さま。どんな方なのだろう。これからどんな生活が待っているのだろう。船を降りたとき私は志乃の手をつかんで離さなかった。離せば泣き崩れてしまいそうだったから。
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