第6話 1546年(天文十五年) 3月 杵築大社(きずきのおおやしろ、転生前の出雲大社)
松の間からスーっと匂いがやってきては消えた。潮の匂いだ。
目の前を正服に身を包んだ
俺は晴久の名代として例祭に参加している。晴久本人が来るべきところだが、伯耆と因幡がなにやらきな臭い。そこでなんと俺にお鉢が回ってきた。いくらなんでも元服前の童に代理は務まらないから家老である
多くの人が手を合わせ拝んでいる。社の外の門前町には露店が立ち、売り子や御師が大きな声を出して物を売っている。富田の城にも町はある。しかしこれ程の賑わいはない。この戦乱の時代になんとも平和な光景。
これが杵築か。
去年横田で行った塩水選による種籾の選別、干鰯の恒常的な供給と試験田における正条植えの結果は、収量五割増しという成果をあげた。俺の名前はたたら場だけでなく百性にも拡がり富田の麒麟児ともてはやされるようになった。今年は横田全域だけでなくなんと
今川が制定した
新しく
国衆である
「宇山、国造と会うのは明日だな」
「はっ。明日辰の刻(午前8時)にお会いする手はずになっております」
「どうだ、俺の言い分に対して国造共はどういう返事をすると思う」
「…半信半疑でございましょう。すぐには返答はできないと思われます」
「そうだな。ま、これが始まりということだ。杵築は必ず引き込まねばならん」
「御意」
俺は神職たちを見ながら明日のシミュレーションを脳内で行い始めた。
国造が御本殿に入っていく。祝詞?を上げにいくそうだ。ゆっくと厳かな時は経ち御本殿の神事は無事終わった。
その後田植舞、流鏑馬式が行われた。田植舞はともかく流鏑馬は初めてみたがなかなか凄い。俺もあのように馬の上から矢を放たなくてはいけない日が来るのだろうか。
「ではそろそろ坪内殿の屋敷へと向かいましょう」
今日と明日の宿は出雲国造である北島家が持っている屋敷だ。北島には尼子の姫が嫁いでいる。もうひとつの千家家にも嫁いでいる。杵築を取り込むために尼子は必死だ。
北島屋敷に行く前に一仕事片付ける。御師である
「これはこれは、三郎さま。わざわざお越しいただき恐縮でございます。さ、さ此方に。お疲れでございましょう。甘味などご用意いたしております」
うん、確かに甘い。これはなんだ。砂糖ではないと思うが。気が利くな。よし、本題に入るか。
「重吉、鉄の売れ行きはどうだ」
「仰せの通り若狭を経て都にて飛ぶように売れております」
「これからは鉄塊だけではなく鉄製の道具を売ろうと思っている。敵国に流れるのはある程度しょうがない。何処にどれだけ売れているのか把握をしておいてくれ」
「肝に命じます」
「それとこれからの民の杵築参拝についてだが雲州(出雲)だけでなく石見、伯耆、因幡、美作、安芸にも拡げてほしい。この国々は尼子の力が及ぶ場所。御師の派遣を積極的に行ってほしい」
「…畏れながら御師の身の安全は確保されているのでしょうか」
「もちろんだ。それに杵築の御師に害をなす者はそんなに多くはないと思うが。行けば利になるだろう。まずは伯耆から始めてくれ。石見は暫くは商いのみでよい。通行証はすぐに発行する。行った先の風聞が知りたい。どんなことでもいい。必ず知らせてくれ」
「わかりました。ご期待に添えるよう励みまする」
「これからもよろしく頼む。お互いに利を得る関係でありたいものだ」
「もったいなきお言葉。ありがとうございます」
坪内との話し合いは終わった。上手く行ったと思うがな。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「父上。三郎さまとの会合いかがでございましたか」
息子の孫次郎が聞いてくる。
「富田の麒麟児…噂は本物のようだ。商いにも長じておる。だが御師の派遣は慎重に行わなくては。死人が出てからでは遅い」
「では、まずは伯耆のみということでよろしいでしょうか」
「うむ。そうするのだ」
「これからは三郎様と懇意にお付き合いするということですか。国久様とはいかになさるおつもりで」
「上手くやるのだ。下手に目をつけれぬようにな」
尼子の若様は今までの侍とは少し、いや大分違うようだ。何やら大きな商いの予感がするのう。
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