第46話 1547年(天文十六年)10月 月山富田城 其の一

 負けるなど微塵も思っていなかった。ただの陣地防衛戦。火力に優れ良く訓練された兵士達。敵を制圧する必要はない。数の不利をものともせず、勝利を手繰り寄せることは出来て当たり前と思っていた…しかし結果は惨敗、完膚なきまで叩きのめされた。死んでいたかもしれん。いや、死んでいた。

 蘇った死の恐怖、何もなせず満足など出来るわけでもなく、ただ布団のなかで動けなくなっていった絶望が蘇る。生まれ変わって少しづつ積み上げていった事柄も、また失ってしまうのか。後悔、そんなもんじゃ無い。俺は生きていていいのだろうか?存在に対する否定…

 そんな俺を救ってくれたのは、家臣、民百姓、そして晴久だった。

 米原の肩から降ろされ草むらに寝かされていた俺に、誰かが近づいてきた。周りの者が畏まる。

「三郎様、御屋形様がおいでになられました」

 俺は起き上がりフラつきながら晴久の前で片膝をついた。

「御屋形様をお助けするつもりが、返って足手まといになり、真に申し訳ございません」

 頭を下げた。上げることはできない。

「何を言うのだ、三郎。お前が無事で何よりだ。よくぞ耐えたな。天晴じゃ」

「勿体なき御言葉、ありがとうございます」

 肩が震える。

「さあ、富田に帰ろうぞ」

「はっ」

 顔を上げた。優しい目が俺を見つめていた。


 出雲街道を使って七日かけてゆっくり富田に帰ってきた俺達を待っていたのは美作からの知らせだった。

 銀兵衛率いる鉢屋衆は十月十三日、高田城を奪還し、謀反人三浦定勝とその配下を処断した。出雲と石見の殆どの鉢屋衆が参加し、一日で城を落としたという。いやー、何だこいつら。どっかの国の特殊部隊かよ。ま、いいや。これからもこき使ってやる。払った銭以上にだ。銀兵衛たちはその後美作において世鬼狩りを行い、侵入していた世鬼を安芸に撤退させた。

 林野城の川副久盛は国衆、江見久盛と共に美作に侵攻してきた浦上政宗と戦い。見事浦上勢を撃退した。W久盛やるな。美作は落ち着きを取り戻しつつある。


 月山富田城に着いた。新たに迎えた晴久の室と菊を先頭に女衆たちが総出で迎える。

「御屋形様、此度の戦、真に御苦労さまでございました。ご無事のご帰還、何よりでございます。暫しゆるりとお過ごしくだしいませ」

 継室の言葉に晴久もホッとしたのか顔の緊張が少し緩んだ。

「三郎殿も見事な差配、さぞや御屋形様の助けになったことでしょう。これからもよろしくお願いしますよ」

 俺にも声掛けがあるとは、なかなか賢いお方だな。夫婦中も良さそうだし、いい感じだ。


 風呂に入る。まだ蒸し風呂だ。いい加減湯船に浸かりたい。決めた、横田に風呂を作るぞ。あと湯の川を温泉街のモデルとして整備を始めよう。出雲の奥座敷にするぞ。

 菊と一緒に夕食を食べ、寝所に行く。菊が両手を拡げ俺を招く。そのまま腕の中に倒れる。甘い香りに包まれた。体が震えだす。菊の腕に力が入り俺をギュッと抱きしめる。

「もう、大丈夫ですよ。菊がしっかりと三郎様をお守りいたします」

「怖かった…」

「もう、怖くありませんよ。大丈夫、大丈夫…」

 背中をトントン菊がたたく。

「ゆっくりお眠りなさいませ。菊も三郎様の側で眠りとうございます。一緒に…」

 震えはおさまっていく。俺は眠りに落ちていった。


 次の日横田に行き、直轄軍の状況を確認する。此度の戦で横田では死者六十人、重傷者九十人。塩冶は死者九十人、重傷者百十人。荷駄専用の足軽がそれぞれ五十人ほどいるから、軍勢としては大損害だ。宇山が連れてきた民百姓の後詰めがなかったら全滅していた可能性が高い。兵数が四倍近い相手と戦いこの結果…兵の数を増やすことが必要だと思った。そして、鉄砲の改良。雨が降っても撃てる鉄砲が必要だ。俺の部隊指揮もダメダメだ。今後は俺じゃなくてもっと有能な指揮官に軍の差配を任すことが現実的かもしれない。ま、そうだな。戦争なんてしたことないし。

 今回は直轄軍のみの出陣だったが今後は領民兵も動員できるだろう。軍編成はまだまだ考えていかなくてはならないな。


 横田、塩冶を周り直轄軍の立て直しを命じてから富田に戻った。まず晴久とこれからの方針を話し合うためだ。

 俺の知ってる範囲では今後神辺城が落ち、備後と備中が毛利の領土と化していく。そして元就は天文十九年、吉川興経を謀殺し、家中の井上一族の大半を粛清する。

 天文二十年(1551年)大寧寺の変が起こりこれに乗じて安芸を支配下に置く。安芸、備後、備中三カ国を従える戦国大名に毛利家は変貌していくのだ。

 この間尼子は何をしていたのか。主に美作、備前に侵攻。天文二十三年に新宮党を粛清する。大森銀山も手に入れてない。領土も支配しきれていない。内部を固めるのに精一杯という感じだ。だから晴久が突然死んで、一気に滅亡へと走っていった。

 だからこそ、俺はそうならないように動いてきた。もう新宮党はいない。尼子領内の支配力も強い。大森銀山はしっかり握っている。鉄の生産量は桁違いだ。

 気は抜けない。ここで何をするか。俺が知っている歴史とだんだん離れていっている今、一つ一つの決断が必要であり重要だ。

 俺は頭を整理し、心を落ち着かせて晴久のもとに向かった。


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