第63話 1552年(天文二十一年)6月 隠岐、八雲、京
海だ。出雲の海はエメラルドグリーンだ。マリンブルーではない。深緑なのだ。なんてことを以前言ったような気がする。今日も出雲灘の色は変わらない。
何だかんだと用事がある時しか隠岐には行ってないな。少し反省する。海水浴にも行きたい。八雲小町にお勤めだ!と言いはって水着を着せるのもいいな。佐平に水着を開発させよう。完全なパワハラ、セクハラだな…
不埒な妄想はコレくらいにして気合を入れ直す。
隠岐の西郷に着くと守護代隠岐豊清、南蛮船奉行村上宗景、与力辺須亜留戸の三名が出迎えていた。三人の顔には誇らしげな笑顔と自信が浮かんでいる。
「皆のもの、今日の俺は非常に興奮している。さあ、見せてくれ。お前たちが成した成果を!」
「はっ、此方へ」
俺に帯同している本田、立原、横道と共に豊清に先導され船に乗り込む。向かった先は
中ノ島と西ノ島の間を通り菱浦の湊に差し掛かったとき、見えた!帆船だ。南蛮船がそこに確かにある!!
転生前の世界でもこんなまともな帆船は見たことがなかった。すごい。
「全長二十間と1尺(36.7m)、高さ15間(27.15m)、3本のマストを持ち85名程の人を乗せることができます。荷物は4万貫(150t)は積めます」
亜留都の説明を聞いたがピンとこない。とにかく沢山積めるってことでいいだろう。
「三郎様、船の名前を決めてください」
宗景に考えていた名前を告げる。
「富田丸だ」
俺は尼子十旗の名前をそのまま順番に付けようと思った。これから尼子は海を目指すのだ。新たなる尼子十旗の始まりだ。
「なるほど、海の城ですか。よろしいかと」
「うむ。宗景、二番艦はいつできる」
「はっ、来年にはできまする」
「わかった。三番艦までは建造しろ。まずは一番艦でアユタヤとの定期運航を始める。そして朱印船を一隻、蝦夷地に向かわせる。その後、北条の小田原に行き交易を行い宇龍に帰ってこい。問題は瀬戸内だな。通れそうか」
「今は難しいかと。小田原からまた蝦夷に戻らねばならないと思います」
「そうか…次の航海では壇ノ浦を抜けて四国の南を走り黒潮に乗るか。ちょっと強行突破になるがな。ただな、御屋形様が備後の宇賀島衆を懐柔したのでな。毛利には小早川水軍がいるがなんとかならんかと思ってな」
今回晴久の守護任命で宇賀島(尾道)にある岡島城を拠点とする海賊衆を味方に引き込むことができた。
「宇賀島衆はいつかは役に立つときがくるでしょう。それまで頑張って生き残ってもらいましょう」
「そうか、わかった。宗景にまかすぞ」
「御意」
「それとな、アユタヤの日本人街を掌握しろ。アソコを尼子の海外の拠点とする。二年ぐらいで出来るか?」
「おまかせ下さい」
よし、アユタヤからスパイス諸島に殴り込みをかけてやる。オランダとは仲良くしよう。
「大砲はあるのか」
「しばらくお待ちください」
「わかった。期待してるぞ」
尼子海洋国家の第一歩だ。無茶苦茶テンションが上がる。今日は今から宴会だ!そうだ、亜留都に嫁を世話しないといけない。うーん。小町メンバーいきなり引退か…?
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「菊、義父殿は息災か」
八雲に帰った俺は菊に義父殿の安否を訪ねた。
「今は六角様の下に居られると聞いております。三郎様、父になにか御用でもあるのですか?」
あるのだ。
「菊、義父殿を八雲に迎えたい。そして大事なことをお願いしたいのだ」
俺は菊の目を見た。菊はどう思うだろう。
「三郎様の願い、必ずやこの菊が叶えてみせましょう。おまかせ下さい。してどのような願いでございますか」
さすが我が嫁。惚れ直したぞ。菊と話をしたあと、銀兵衛を呼ぶ。
「銀兵衛、南近江にいると思われる京極高延殿を八雲に連れてきてほしい。それと若狭、丹後の偵察をしてくれ。攻め込むのに必要な情報がほしい。人に関しては横田衆にまかす」
「ほう、京に上るのか」
「まだわからん。流れをよく見てだな」
「わかった。京極殿はなるべく早めに連れてくるとしよう。それ以外は三、四月ほど欲しいな」
「遅くとも今年中には頼む」
銀兵衛は出ていった。
大寧寺の変は俺の知っている史実通りに起こり大内家は混乱状態にある。この隙をついて尼子は大森銀山を占拠するのだが、この世界ではとっくに支配していて銀山の恩恵を十分受けている。この時期、八カ国の守護に任じられ大内が混乱している時が尼子にとって最後のチャンスだったのだろう。備後、備中、備前に侵攻したのだが結局どこの国も支配下に置くことはできなかった。そして新宮党の粛清が起こり尼子宗家の力は強まったが不満と火種が燻っていく。改革を進める晴久の死を持って尼子は分解していった…
俺はそうならないように今まで動いてきた。今尼子は出雲、伯耆、隠岐、美作、石見半国を完全に掌握し因幡を影響下に置いた。そろそろ畿内が目をつけるだろう。来年やろうとしていることが成功したら、嫌でも畿内と対することになる。
毛利か…俺が知っている歴史より今の毛利は強いな。備後と備中の支配度が高い。尼子が国内に集中したからな。大内の安芸国衆筆頭の位置にいるが安芸、備後、備中を実効支配していると見ていいだろう。このままだと「防芸引分」が起こる流れだが決定的に違うことがある。尼子が強いことだ。尼子が混乱していたので毛利は陶打倒に集中できた。だが今の尼子は強いぞ。自分でいうのもなんだがな。
…まだ考えがまとまらない。晴久とも話し合わないとな。
天文二十一年七月、尼子晴久は朝廷より従五位下修理太夫の官位を受けた。幕府に続き朝廷も尼子の力を認めたのだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「上様、尼子が山名の領国である因幡を切り取りました」
義藤は信富を睨んだ。しかし怒気はない。
「…尼子が早速おのが権利を主張したか。しかしこうも簡単に因幡を切り取るとは。うむ、今尼子が押さえている国はどこだ」
「はっ、出雲、伯耆、美作、隠岐、石見半国そして今回の因幡にございます」
「してその力、いかほどか」
「混乱する前の大内に随分近づいておりまする。何と言っても大森の銀山を握っているのが大きいかと」
「三好と競えるか」
「勝てるとは申せませんが、手こずらせることは間違いありません」
「大内はどうなのだ。京に上ることができるか?」
「今少し時が必要でございます。尼子との和議を斡旋されるがよろしいかと」
義藤は立ち上がった。
「すぐに使者を立てろ。大内と尼子の和議を仲介する。そして両者を上洛させるのだ。晴元と三好、まとめて討ち滅ぼしてくれる」
細川晴元の勢力を削ぎ、幕府の維新を見せつけるため行った尼子晴久の八カ国補任。畿内の権力闘争の一環に過ぎなかったのが、尼子が実際に起こした因幡侵攻により守護補任は突然現実的な意味を帯びてきた。義藤としては瓢箪から駒だ。使える駒が増えた。
尼子は中央から目を付けられることになった。
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