第16話:女神様の氷解
「それで私に何か用かしら?」
「そ、それは……」
うぅ……市川さんが冷たい。冷たいよ。
取り付く島もないとはこのことか。
一体何から切り出せばいいのか。
……仕方ない。ここは最初から秘密兵器に頼らせてもらおう!
「お、お昼一緒に食べようかと思って……」
「お昼」
「そ、そう……購買で美味しそうなデザート買ってきたからさ。よかったら一緒に食べない?」
「デザート?」
お、食いついた。
女子は須く甘いものが好きだと言う。そのことは、妹の楓より履修済みだ。
そんな俺が彼女のために買ってきたものは、これだ!
俺はゴソゴソとビニール袋から買ってきた品を取り出す。
「プリンね」
「そう。プリン!」
フルーツや生クリームがふんだんに使われた江南高校名物の特製プリン。
そのお値段。なんと、千円!!!
一介の学生には高すぎる価格設定である。
だが、これを以ってすれば落ちない女子などいない!! ……はず。
「私ね。甘いものって苦手なの」
「え゛」
いた。
は、初耳……。
おい、楓!! 話が違うじゃねぇか!! お前にはいつも甘いもの買ってきたら機嫌治ってけど、市川さんにはまるで効果がないぞ!!
というか俺、市川さんの好みってまだ何も知らないな。
付き合ってまだ日が浅いのもあるけど……。
しかし、市川さんは何を思ったか、項垂れる俺からプリンを受け取る。
「え? あの、甘いもの苦手なんじゃ……」
「もらわないとは言ってないわ。せっかく小宮くんが買ってきてくれたものなのだもの。捨てるくらいなら私がもらうわ」
「いや、捨てないけど……」
市川さんは、プリンを持ってそのままいつものように屋上へ続く階段へと向かい、座った。
俺もそのまま追いかけて横に座る。
「横に座っていい許可はした覚えはないのだけれど」
「うっ……」
「冗談よ」
心臓に悪い。
でもこれはまだ……怒ってるな。ご機嫌を取るどころか苦手なものを渡してしまったしな。当然か。
「……」
「……」
さて。また振り出しに戻ったな。秘密兵器も逆効果に終わってしまったし、どうするか……。
「さっきは助けてくれてありがとう」
「え?」
「さっき、先生を呼ぶフリして助けてくれたのは小宮くんでしょう? だからありがとう」
「ど、どういたしまして……」
「私がお礼を言うことがそんなにおかしいかしら?」
「い、いや、そうじゃなくて……」
「小宮くん。あなたは私が怒っていると思っているのね」
「え、違うの?」
お礼を言われるなんて思っていなかったので戸惑う俺。
怒ってないんだったらなんなんだ……。いや、待てよ? この前もこのくだりあったな?
俺をからかうために怒ったフリしてた。ってことは、今回もそういうこと!?
……なんだ、それなら早くそう言ってくれればいいのに。
「私が腹を立てているのは私自身よ。まさか、あのほんのわずかな時間に間にまさか小宮くんが浮気しているだなんて。そんなことも予見できなかった自分に腹が立つ。私はあの時、縛ってでも小宮くんを行かせるべきではなかったんだわ」
「…………」
……違った。
怖いんですけど。
え、クールな顔して何言ってんの?
え、狂気しか感じないんですけど。
「絶対怒ってるよね?」
「怒ってないわ。一つ言わせてもらうとするならば、さっきの助け方は、少し情けなかったわね。男なら堂々と私の前へ出て守って欲しかったところだけれど。もう少しで私の手が出てしまうところだったわ」
ここにきて先程のダメ出し。
めっちゃ言うやん。
「もしかしてだけどあの状況、助け要らなかった?」
「そうね。次、あの男が私を引っ張っていたら、生殖機能を失っていたわね」
「おおふ……」
ヒュンてした。何がとは言わんが。
どうやら要らぬ心配だったらしい。
「でも、あの場で機転を利かせて助けてくれたのは嬉しかったわ」
「──ッ」
先ほどまでのクールすぎる表情から一転。優しい微笑みに言葉が出なくなった。
不意打ち……。ずるい。その笑顔はずるい。
顔熱っ……。
「ふふ。耳まで真っ赤よ?」
「違うから」
指摘されるとなお恥ずかしいからやめて。
とりあえずは、許してもらえたでいいのかな?
顔を逸らしながらも横目に市川さんの顔を見る。
その顔は朝からのものとは違い、ずいぶん穏やかそうに見えた。
「それで満島さんとはどういう関係なのかしら?」
「おぅ……」
だけどそれは見せかけ。逃してはくれないらしい。
「満島さんといえば、女子に大人気の子だったわね。そんな子が小宮くんと知り合いというのは意外なのだけれど」
しかし、これはチャンスだ。今朝のは誤解で別にやましいことなんて一つもないということを証明するチャンス。
「実は、昨日──」
俺はそこから昨日から今日に至るまでの満島さんと知り合ったきっかけを話した。
「なるほど。つまり、本当に満島さんとは何もないのね」
「そ、そう! 本当に何もない! ただ、むしろ向こうは俺のことを知っているかどうかも怪しいくらいだよ」
「その割には……親密そうに見えたけれど」
親密? そうだったか? 朝も普通に会話した程度だ。
満島さんほどのコミュ力があれば、俺みたいな平凡な生徒とでもそういう風に見えるのかもしれない。
「気のせいかしら……」
市川さんは、何か考え込むように口に手を当てた。
それは俺に言っているのではなく、独り言のようだ。
「まぁ、いいわ」
考えが纏まったのか、市川さんは、プリンの蓋を開ける。
そしてプラスチックのスプーンで掬って口へ運ぶ。
「……」
なんでだろうな。女の人が何かを口に運ぶのってなんていうか……うん。
なぜか居た堪れない気持ちになり、市川さんから目を逸らした。
俺も自分のパンを袋から取り出し、開ける。
「甘いわね」
「そう言えば、市川さんお昼は? お弁当食べてないんじゃない?」
「ええ。今日はちょっと作る余裕なかったから。購買で買おうと思ってたの。でも小宮くんがちょうどこれを買ってきてくれたおかげで助かったわ」
「え? もしかしてそれだけでお昼終わり?」
「そうね。今から買いに行ってももう何も残ってなさそうだから」
確かに。もうお昼の時間は半分くらい過ぎてしまった。
今から行ってもパンが一つ二つ残っているかどうかと言ったところだろう。
だけどいくらカロリーが高そうだとはいえ、プリンだけでは心配だ。
ただでさえ、細身の体で普段あまり食べてなさそうなのに。
「……」
俺は、今手に持っていたロングタイプのジャムパンを市川さんに差し出した。
「食べていいよ。それだけじゃお腹空くだろ?」
「……ありがとう」
「……?」
お礼を言われたものの、市川さんは差し出したパンを受け取ろうとせず、見つめているだけだった。
どういう意図が含まれているのか分からずその場に固まると市川さんは口を開いた。
「あーん」
「え?」
「どうしたの? あーん」
マジ?
え? これするの?
「私、まだ今朝のこと許したつもりはないのだけれど。あーん」
これ見よがしに朝の件を引き合いに出してくるあたり、市川さんらしい。
は、はずい……。
けどこれはやらねば、逃してくれそうにない。
ええい、どうにでもなれ!
ちぎったパンを俺は緊張しながらも市川さんの口へ運ぶ。
「あむ」
市川さんらしくない可愛らしい声と共に俺の任務は完了した。
「悪くないわね。偶には甘いのも」
……俺は、しばらくは甘いのは控えようと思う。
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