第21話:女神様の叫び
私、市川蒼は、気分が悪かった。
自分は感情をコントロールできる方だと思っていた。
だけどそれは、ただの自意識過剰であることに気がついた。
なぜそうなっているのかと言われれば、自分の彼氏が今日やってきた転校生とイチャついているから──
……なんて理由ではない。
確かにそれも思うところはあったけれど、そんなことはどうでもよかった。
「ほんと蒼も迷惑だよな。あんなやつと噂されるなんてよ」
「そうだよねー、一瞬本当に付き合ってるのかと思っちゃった。蒼、ごめんね」
「まぁ、そう言ってやるなよ。小宮は蒼のこと助けてくれたんだから。まぁ……俺が本当は近くに入れたらよかったんだけどな」
「あれー? 連くん嫉妬してるのかなー?」
「ええー、連くんに嫉妬してもらえるなんて蒼、羨ましいなー」
「うるさい。そんなんじゃないって」
「照れちゃってー! なっ、静からもなんか言ってやれよ?」
「翔、うっさい」
「ええ!?」
頭が痛い。
朝は、大丈夫だったのに。
彼が笑って流すことのできるうちは、何もしないでいようと思っていた。
何を言われているかまでは分からなかったけれど、それでも彼のあの一瞬見せた悲痛な表情が胸につっかえて消えない。
途中、静が来てくれたことにより、なんとか場は収まったがやはり気分は良くなかった。
最後にはどうにか彼に笑いかけることはできたが、今は作り笑顔を浮かべることすら厳しい。
『うわー、また来てるよ』
『いつ見ても暗いよね……』
『てか、ちょっと臭くない?』
『もっとハッキリ喋れよ』
『コウくんもあんなやつに優しくしなくきゃいいのに』
『モブはモブらしくして引っ込んでおけよ』
頭を巡るいつかの言葉。それが私の胸をかき乱す。
「……ッ」
またズキズキと頭を刺激する。
ペリペリと自分の中に押さえ込んでいた何かが剥がれ落ちていくような気がした。
……ああ、しんどい。
「蒼? 大丈夫?」
さすがに静には様子を悟られてしまったようだ。
「ええ。大丈夫よ」
「……本当に? 無理しないでよ?」
「ふふ、静はおかしなこと言うんだから」
「も、もう!」
私が優しく撫でると静は照れてそっぽを向く。
「にしても、転校生の子、かわいくね?」
「ああ、篠塚さんな。確かに美人だな」
「だよな〜。俺、すっげぇタイプかも」
「そんなこと言って私にも告ってなかった?」
「は、はぁ!? 告ってねぇし!!」
「そうだっけ〜?」
「まぁ、翔惚れっぽいしな」
「本当だって! ……しかし、なんたってまた、あのモブ宮くんの後ろの席かね。空気読めねー」
「先生が決めたことだし、一番後ろの席だから仕方ないだろ。諦めろ」
私の気分が悪いことなどお構いなしに彼らは話を続ける。
「え〜つってもな〜。一応、また釘刺しておこうかな。勘違いする前に」
「……あんまり言いすぎるなよ?」
「ダイジョーブだって。お前もアイツがいろいろ勘違いして蒼のストーカー化したら嫌だろ?」
……聞くに耐えない。
「まぁ、それはそうだけど……」
「ストーカー化とかヤバっ」
……頭が痛い。
「そこまでするようにも見えないけど……」
「いーや、分かってないね。ああいうのは粘着質なんだ。対処するなら今のうちの方がいいに決まってる」
やめて。
「わかるわー」
「怖いよね〜」
「なっ、蒼もそう思うだろ?」
その時、何かが切れた気がした。
「いい加減にして!!!」
机が大きな音を立て、響く。
教室が一気に静まり返った。
私の周りにいた静や長野くんや神宮寺くんも。
遠くの方で話していた藤本くんとそして…………小宮くんも。
教室にいるみんなが私を注目していた。
「…………ッ」
やった。やってしまった。
周りを見てようやく、自分が声を張り上げたこと思い出して私はその場を無言で立った。
そして教室の外へと踏み出した。
「あ、蒼?」
そんな私に静が後ろから声をかける。
「ごめんなさい。少し気分が悪いから」
心配する静を振り切り、私は、教室を飛び出した。
教室から飛び出した私は、早足で廊下を進んでいく。
どこか、心の静まる場所へ。
頭の中に浮かんだのはいつもの場所だった。
「痛ッ!!」
「──ッ」
途中、トイレから出てきた女子生徒と打つかる。
綺麗な金髪をした彼女は今日、転校してきた子だった。
だけど謝る間もなく、私はその場所を去ることだけを考えた。
「ちょっと! 謝りなさいよ!」
後ろから大きな声が聞こえてくる。
酷くなる頭の痛みを抑えながら、私は廊下を駆け抜けた。
◆
教室は騒然としていた。
いつもクールに振る舞っていたあの市川さんが、急に怒鳴り声を上げたからだ。
普段から彼女の周りにいた神宮寺、長野はもちろんのこと、他のクラスメイトもみんな何がなんだか分からない様子だった。
あの崎野さんですら困惑の表情を見せている。
「どうしたんだろうな、市川さん……」
先ほどまで話していたナカが呟く。
俺もあんな市川さんは初めて見た。
そして俺は彼女を追いかけようと足が自然と動いていた。
しかし、そんな俺の行く手を阻むかのように教室の外を出る前に誰かが正面に入ってきた。
「おい。小宮。お前がなんかしたんだろ?」
その正体は、朝から執拗に絡んできた長野だった。
早く彼女の元へ行きたいのに。
……イライラする。
「……なんで?」
「今日、お前と登校してから蒼の様子がおかしくなったんだ。お前以外に原因が考えられねぇよ」
「何もしてない。そこ退けよ」
「お前が何したかいうまで退くわけねぇだろ」
「この! いい加減に──」
「そこ。邪魔だから退きなさい!」
俺が我慢できず無理やり通ろうとした時、廊下から戻ってきた紗が入り口を塞いでいた俺たちに声をかけた。
「し、篠塚さん……っ!」
紗の登場に明らかに長野は動揺を隠せずにいた。
「ったく。あの女、ぶつかっといて無視するとはいい度胸ね。後で文句の一つでも言ってやる!! ……って、何この空気?」
「ああ、えと……」
紗は、なにやら悪態をついていたが、教室の不穏な空気に頭を捻らせた。
それに浮き足立った長野が声をかけようとする。
だが、これはチャンスだ。
俺は一瞬のうちにできた隙を付き、廊下へと飛び出す。
「あっ、待て!」
そして、脇目も振らず走り出した。
途中、チャイムが鳴ってやってきた先生とすれ違ったけど、聞こえていないフリをした。
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