第20話:修羅場③
「あ、あの……噂で聞いたんだけど市川さんと付き合ってるって本当?」
「ブッ!?」
ホームルームが始まる前。
遅れてやってきた遠野さんに今朝のことを聞かれた。
思わず口に含んでいたお茶を吐き出しそうになった。若干こぼれた。
「ど、どこでその話を?」
「えっと、みんな噂してて……」
どこか不安そうに俺を見る遠野さん。どうしたんだろうか。
まだ噂は収まっていないらしい。
先ほど崎野さんの口によって収束してしまった手前、遠野さんにだけ本当のことは言うことはできない。
俺からはっきり否定するのは若干の罪悪感があるが仕方ないことだろう。
「ま、まさか。噂だよ」
「……! よかったぁ」
「??」
よかった? 何が? え? 俺が市川さんと付き合っていなくてよかったってこと?
「それってまさか……」
「あ、ち、違うよ? ほら、市川さんかなりモテるからそれでもし付き合ってるんだったら小宮くん大変そうだと思って!!!」
「あ、ああ。そういうこと」
普通に心配されただけだった。
なんだ。てっきり俺は……。
「そ、そう。そうだよ! やだなぁ、もう! そんなわけないよ!!」
「あ、あはは……」
そんなに否定しなくても良いのに。
さらに心を傷を負ってしまった。
「そ、それにしても今日、先生遅いね」
露骨に話題を逸らされた。
まぁ、市川さんとの噂を深掘りされても俺は何も話せないのでそれはそれで助かった。
「そうだね。なんかあったのかな」
「いつもなら予鈴鳴った時点ですぐに来るのにね。本鈴鳴ってもこないなんて珍しいよね。あっ、来た来た!」
そんな話をしているとちょうど先生が入ってきた。
「済まない。遅れてしまった」
佐々木先生は、軽く汗を拭うと教卓に着く。
なんだかいつもと様子が違うように感じる。
「先生! 何かあったんですかー?」
そんな先生の様子を感じ取ったのか、クラスメイトの一人が先生に質問した。
「ああ、実は今日は転校生を紹介しようと思う」
寝耳に水。朝の俺と市川さんとの話でもちきりだったクラスメイトたちは、先生の一言で一気に騒ついた。
そしてそれと同時に俺は忘れていた事実を思い出した。
『来週から私も同じ学校通うから』
先週実家で会った金髪の令嬢とのやりとり。
いろんなことがありすぎて頭の隅に追いやっていた。
「じゃあ、入ってきて」
「失礼します」
聞いたことのある高い声に冷や汗が一気に流れ出す。
コツコツと足音を鳴らしてその人物は先生の隣に立った。
「初めまして。篠塚紗よ。よろしく」
俺に向かってバチっと軽くウインクした彼女は楽しそうに笑った。
「ははは……」
◆
『彼女さんには黙っておいてあげる』
顔を合わせられない。
そうは言っていたが、その発言をどこまで信用していいものか。
その前にこちらから市川さんに話をしておくべきだろう。
今のところ、完全にビビって話すことを避けていたがツケが回ってきた。
紗の登場によって教室は騒然となる。
それは、紗の容姿が市川さんに負けず劣らずの美少女であるからだ。
「じゃあ、席は小宮くんの後ろに座ってくれる? あそこの一番後ろの席の子ね」
「はい、わかりました」
天はどこまでも俺を見放すらしい。
なーんか、後ろに知らない席があると思ったらこれだよ。
男子からはまたもや恨みのこもった視線を向けられる。
その視線でこちらに一番強い視線を送っていたのは長野だった。
……勘弁してくれよ。
「よろしく。紗でいいわ」
後ろの席についた紗はいきなり俺に話しかけた。
「あ、ああ……よろしく」
俺のこわばる顔を見て、紗は満足そうに笑う。
絶対この状況を楽しんでやがる。前よりも幾分かは好意的だが、その内心は不明だ。
「私、遠野瞳っていうの。よろしくね。紗ちゃんって呼んでも良い?」
「ええ、構わないわ。私も瞳って呼ばせてもらうわ。よろしく」
そして俺の隣にいた遠野さんも一緒に自己紹介をする。
できれば、俺と紗の関係は、彼女である市川さんに以外には知られたくはない。
俺としては秘密にすることが増えただけになるので、より辛い状況になってしまったと言える。
「どうしたの? 小宮くん」
「い、いや……なんでもないよ、遠野さん」
「……?」
しかし、どうやって遠野さんと紗を引き離すか。この席では物理的に不可能だ。
しかも優しい遠野さんの性格上、学校に不慣れな紗に対してお節介をかく可能性まである。
「ねぇ、瞳。聞きたいんだけど、そこの男……小宮とは仲がいいの? もしかして付き合ってるとか?」
「えっ!?」
こいつ!? 何つー質問を!?
しかも彼女には黙っておいてあげるとかいいつつ早速特定しようとしてるじゃねぇか!?
「ち、違う違う!! 俺と遠野さんは付き合ってなんかないよ!! ね、遠野さん!?」
「え、う、うん……」
俺は慌てて二人の間に入り、否定する。
そして遠野さんも俺の必死のアピールが伝わったのか、調子を合わせて頷いてくれた。
「ふーん? そうなんだ。違ったか……」
なんとか誤魔化して切れたか。
……というか誤魔化すも何も別に付き合っていないのは本当のことなのであんなに慌てて否定する必要なかったような。
これじゃあ、まるで俺が遠野さんを嫌がっているみたいじゃないか。
「うぅ……」
「え!? 遠野さん!?」
ヤベッ!!
遠野さんは隣で涙目になっていた。
俺が強く否定したせいで彼女を傷つけてしまったようだ。
ど、どうしよう!?
「でも私は二人はお似合いだと思うけどなー」
「ええ!?」
「なっ!?」
しかし、そこに新しく紗がとんでもない発言をぶっこむ。
「本当は二人付き合ってるんでしょ?」
「ば、バカ言うなよ。俺みたいなやつと遠野さんと釣り合うなんて──」
「そ、そ、そんなんじゃ……」
紗の言葉によって先ほどまで暗い表情をしていた遠野さんの顔は一気に赤く染まる。
あれぇ? なんか遠野さん満更でも……い、いや! 違うはず。彼女には最愛の幼なじみがいるんだから。
単にこういうからかいに慣れていないだけだろう。
「なんだ、本当に違うみたいね」
「お前なぁ……」
どうやら紗は俺と遠野さんの関係を確定させるためにそう言ったらしい。
いい迷惑だ。
「(え、えへへ。私が小宮くんと……えへへ)」
遠野さん?
遠野さんは何やらブツブツと呟きながら自分の世界に入っていた。
そして紗はそんな遠野さんを放置して俺に耳打ちをする。
「ねぇ、あれ何?」
「ん?」
紗の視線の向こうには──
「──ッ!?」
オォォォォォォォォオオオオオオ。
恐ろしいまでに殺気立った視線が俺を射抜いていた。
「…………」
「なんかすごいこっち見てるわよ? アンタ何かやったの?」
「いや……」
言葉に詰まる。
現状がよくないことは言うまでもない。
「なんか気に入らないわね」
そういう紗も市川さんに軽く睨み返すと俺の耳元から顔を離した。
「(えへ。えへ。付き合……えへへ)」
遠野さんはその間も自分の世界に浸っていた。
これはどうなってしまうんだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます