第19話:女神様の友人の試練

 俺たちは崎野さんに見られた後、本当は別々に登校をしようとしていた。

 しかし、市川さんにそれを止められたのだ。


『小宮くんが体調の悪い私をちゃんと送らなかったことが静にバレればどうなるかわからないわよ?』


 それを言われれば、俺も一緒に登校するしかあるまい。

 確かに崎野さんのあの目は、本気だった。


「でもこの視線は流石に……」

「そうね。あまり気分の良いものではないわね」


 やはりというべきか注目をどうしても浴びてしまう。


「まぁ、でも安心して。噂にはならないようにきっと静がどうにかしてくれるはずだから」

「崎野さんが?」

「そう。彼女も私がその辺の男子と登校すればどうなるかなんて分かってて言ったんだろうし、問題ないわ」

「その辺の男子……」

「冗談よ」

「……」


 彼氏なのに偶に俺の扱いが適当になることは置いておいて、崎野さんに全幅の信頼を寄せる市川さん。

 単純にその関係性が羨ましく思える。


 ナカを信頼していないわけではないけど、あいつアホだからな……。


 そして俺たちは居心地の悪さを感じながらも教室へ向かった。



 教室に入ると一気に視線が集中する。

 それは既に市川さんが普通の男子と一緒に登校したという事実が広まっている証拠だった。

 今頃俺は、学園の女神をたぶらかした男として指名手配されているかもしれない。


 市川さんはというとそんな視線も何のその。気分は良くないとは言ったがあまり気にしていないようだ。

 俺ばかりが焦っているようにも感じる。


 そしてそのまま視線を無視してそれぞれの席へ着く。

 その瞬間、俺に影ができる。


「なぁ、モブくん。今日、蒼と一緒に登校したって本当か?」


 俺に声をかけてきたのは、市川さんと一緒のグループにいるチャラ男、長野翔ながのかけるだった。

 きっと他の男子も気になっていたのだろう。

 ここぞとばかりに耳を尖らせていた。


「あ、それは俺も気になるな」


 そしてそれに神宮寺も便乗してくる。

 一見、爽やかに入ってきた神宮寺ではあるが、やっぱり俺と市川さんのことが気になっているのだろうか。


「そ、そうだけど……」

「そういえば、この前も蒼に近づいてたよな? まさか何か蒼の弱みを握って一緒に登校したとか?」

「いやいや、そんなことしてないって!!」


 なんで一緒に登校しただけでそんな風に言われなくちゃいけないんだよ!

 弱み握っておいて、登校だけってどんだけ悲しい生き物だ。


「はん? どうだか。だって、そうでもしねぇとお前が蒼と登校とかできるわけねぇからな。俺らでも一緒に登校したことねぇのによ」


 知るか!!

 しかもなんだよ、その決めつけ……。

 これだから陽キャは苦手なんだ。


 周りの男子たちも長野に同意見なのかそれに頷いていた。


「おい、翔。そういう言い方はよくない」

「連! だけどよ」


 しかし、冷たい視線の中、俺の味方をしてくれたのは神宮寺だった。

 

 ……なんだ? ただのいいやつか?

 やはり、イケメンというのは心までもイケメンなのだろうか。


「ねぇねぇ、それで市川さんは、小宮くんと付き合ってるの?」

「私も気になる〜!!」

「蒼、あんなモブやめときなよ!」


 そんな折、市川さんの方からも女子の甲高い声が聞こえてくる。

 どうやら市川さんも同様に女子に囲まれているらしい。


 誰とでも表面上仲良くする市川さんではあるが、今回のように特定の男子と登校するなんてことはなかった。

 恋愛話が好きな女子からしたら、学年を代表するような女子の浮いた話なんてのが出れば食いつかずにはいられなかったようだ。


「チッ。普通に考えてそんな訳ねぇだろ。あいつら……」

「まさか、ありないよな」

「100%ないな」

「だよな。俺、100万賭けてもいいぜ」

「俺も!」


 それが聞こえていた男子たちは、長野を筆頭にチャチャを入れる。

 最後のやつら。残念だけど、後でそれ絶対もらうからな。覚えとけよ。


 そして男子たちも同様に俺が市川さんと付き合っているかどうかの話へと発展していってしまう。その全てが『ありえない』というものだったけど。


 俺としては非常に居心地が悪い。

 さっきまで長野の絡みで気分は悪かったが、今は心臓バックバクである。


 幸い、みんなそれが事実だとは思っていないようだが……。

 そして市川さんも少し困った顔をしていた。


 流石の市川さんでもこういった論争に巻き込まれて辟易しているようだ。


「おー、これは何の騒ぎー?」


 そんな俺たちの前に救世主が現れた。

 教室に入ってすぐに大きな声でそう言い放った人物にみんなが注目する。


「あ、蒼。おはよ! みんなに囲まれてどうしたの? それに小宮くんまで?」

「あ、崎野さん! 聞いた? 市川さんと小宮くんが付き合ってるらしいよ!!」


 こら! 噂の内容を捻じ曲げるんじゃありません!!

 事実だけども!!!


 クラスメイトの女子の発言に冷や汗が出る。

 先ほど目をつけられた俺を助けてくれるとは到底思えない。


「はぁ? 蒼と小宮くんが? ないない」


 しかし、崎野さんはその噂を完全に否定する。


「え、でも今日一緒に登校してたんだよ? あの市川さんがだよ?」

「ああ、それ? 違う違う。蒼、今日は登校中に体調悪くなったらしくて。小宮くんは偶然その場に居合わせただけだよ。私はちょっと別の用事があったから小宮くんにそのまま蒼のことをおまかせしてきたってわけ! ね? そうだよね。小宮くん?」

「は、はい」


 笑顔が怖いです……。

 なんで俺に聞くの……。


「蒼、体調悪かったのか?」

「あ、ああ……今は大丈夫みたいだけど」


 神宮寺は俺が市川さんと登校した経緯を知ってすぐに心配をする。

 嘘だが、そういうことになっているのでさらに嘘を重ねて答える。


「そうか。蒼のことを送ってくれてありがとな」

「……どういたしまして」


 単純に心配をしてのお礼なのかもしれないけど、その言い方になんかモヤモヤした。


「そういうことだから、翔もあんまり変に絡んでやるなよ」

「まぁ、連が言うなら。って言っても、そりゃそうだよなーって感じだな。なぁ、モブ」

「小宮だ」

「別にどっちでもいいけど、小宮。一つ忠告しといてやるよ。蒼は優しいから言わないかもしれないけど、変に勘違いすんなよ? 今回お前を頼ったのは、周りに誰もいなかったからだからな」


 長野はそう言い残して俺の席から離れていく。

 周りの男子たちもすぐに興味をなくしたのか、蜘蛛の子を散らすように去っていった。


 ……なんか嫌な感じだな。

 イライラする。なんでここまで言われなくちゃいけないんだ。


 分かってはいたけど、市川さんと付き合ってることがバレればこんな風になるのか。

 ますますバレたくなくなった。それと同時に自信もまた無くなった。


 ……ともあれ、崎野さんのおかげで助かった。


「ありがとう。崎野さん助かったよ」


 俺は気を取り直してその場に残った崎野さんに素直に感謝の気持ちを口にする。


「別にいいよ! 小宮くんを助けたつもりないし。私は蒼を助けただけだから」

「そ、そうですか」


 そんなニッコニコで刺々しく言わないでくれますか。怖いです。

 でも考えたらそりゃそうだよな。俺のためじゃなくて、市川さんのためか。


「小宮くんも気をつけなよー? 蒼と噂になったら大変なのは小宮くんなんだから」

「ご、ご忠告ありがとうございます」


 いろんなニュアンスを含んでそうである。


「も、もしだけど……市川さんが誰かと付き合ってたら?」

「えー、そんなの血祭りに決まってるじゃん!!」


 もうちょっと声のトーン落としてよ。その明るさで言う言葉じゃないよ。

 後、立てた親指を下にして、首を掻っ切る動作やめて。怖い。


 俺の中で崎野さんのキャラ付けが決まってしまった。

 絶対に俺と市川さんの関係を知られてはいけない。


 そして市川さんはというとそんな崎野さんに見ていないタイミングでこちらに向けて口パクをした。


『ファ・イ・ト』


 む、無理っす。


 ◆


 作戦は成功した。

 こうやって一度、蒼と小宮くんが噂になったところで、私が確実に否定する。

 それによって、彼女と小宮くんは何もないんだという意識がより鮮明に刷り込まれる。


 彼にも忠告した通り、蒼に不用意に近づけば今日みたいな目に遭うということは身に染みたことだろう。


 ふふ、完璧!

 ……蒼は私が守る。

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