第22話:女神様の過去

 ***


 私、市川蒼はな生徒だった。

 運動も勉強も……容姿も特に秀でているわけでもなく、慎ましく静かに生きていた。


 そこに憧れがなかったといえば嘘になる。

 彼らのようにキラキラとした学校生活を送ってみたい。そんな月並みの思いを胸に秘め、毎日を何事もなく生きていた。


『君もそれ、好きなのかい?』


 彼はそんな私に話しかけた。

 まるで太陽のようにクラスでも燦々と輝いていた彼は、どこに属することなく日陰にいた私を日向へと引き釣り出した。


 ずっと誰からも見向きもされなかった私。いるのかいないのか分からない私。

 そんな私が彼の手によって、外の世界を知る──





 ──なんてことはなく。周りはそれを許さなかった。


『ちょっとコウくんに優しくしてもらえたからって調子乗ちゃって』

『お前みたいな奴は、教室の端っこで大人しくしてろ』

『いい? アンタみたいなやつ同情されてるだけなんだから』


『おい、何してるんだ!? 大丈夫か!?』


『アンタのせいで!!』

『最悪』

『もう学校来ないでよ』


 彼が私に構えば構うほど、私は日陰へ連れ戻されていく。

 前よりも深くて暗い場所へ。


 また私は一人になった。







『つまらなさそうな顔してんな』


 それが憧れたあの人との出会いだった。


 ***


「市川さん」

「…………」

「市川さん!」

「……っ」


 ふと目を開けるとそこには彼がいた。

 ような優しげな瞳で私を見つめていた。


「せ、い……っ。おはよう、小宮くん」

「おはようって……もう。心配したんだからな」

「そうね。見つけるのに随分かかったみたいね」

「そりゃ……いつもの階段にいるかと思ったらいないし。保健室行ってもいないし。授業中だったから、探すの大変だったんだからな」

「でもよくここが分かったわね」


 私はむくりと体を起こす。

 まだ昼前ということもあり、じりじりと太陽の陽が容赦なく照りつけてくる。


 四月も半ばを過ぎた。

 あまり外にいたら日焼け止めが必要になってくるかもしれない。


「まさか、入れないはずの屋上にいるとは思わないだろ。どうやって入ったんだ?」

「さぁ? 鍵が開いていたのかもしれないわね」


 実はその話は本当でここの屋上の鍵は随分も前から壊れていた。

 もしかしたら他に知っている人もいるのかもしれないが、今までここで他の生徒と会ったことはない。


 ここにくる頻度が少ないからかもしれない。


「それで……何があったんだ?」

「何って?」

「惚けなくてもいいよ。あんな市川さん初めて見た」

「……そうね」


 小宮くんは私が話したくないと思っているのか、こちらの様子をチラチラと窺ってくる。

 本人はそれがバレていないと思っているようだ。


 ふふ。不器用なんだから。


「腹が立ったのよ」

「え?」

「私の彼氏である小宮くんが、彼らにバカにされていることが無性に腹が立ったの」

「……そんなこと?」


 小宮くんは私があんなことをしたのがまさかそんな理由だったのかと驚いた顔をした。


 でもこれは本当のことでもある。

 正直言ってしまえば、小宮くんにここまで悪意に晒されるなんて思ってもいなかった。

 せいぜい噂される程度だと思っていた。そこまで小宮くんは、周りから嫌われているような存在じゃなかったからだ。私と違って。

 完全な想像力の欠如だった。そんな自分にも腹が立った。


「そんなことって。十分な理由だと思うのだけれど」

「いや、まぁそうなんだけどさ。何ていうか……市川さんが俺のために怒ってくれるなんて思ってなくてさ。それでなくとも市川さんだったらあのくらい打ち勝って見なさい、とか言ってきそうだし」

「あなたは私をなんだと思っているのかしら」


 全く失礼ね。

 それにいくら私でもそんなことまでは……いつもの二人きりの時だったら言っていたかもしれないわね。


「い、いや……それだけじゃなくて。あの時の市川さん、何か思い詰めた顔してたから。もっと大きな理由があると思ったんだ」

「…………」


 驚いた。


「……案外私のこと見てるのね」

「大抵の人は何かあったって思うのが普通だと思うけど。それでどうなんだ? あ、嫌なら別に」

「私、今日なの」

「え?」


 唐突の告白に小宮くんは、虚を突かれたような顔をする。

 そして私の言った意味がわかったのか、明らかに挙動不審になった。


 そんな彼を見て、笑みが溢れる。面白い。


「だからイライラしただけよ。安心して頂戴」

「お、おぅ……」

「今もお腹がズキズキしていたいの」

「お、おお……」

「そういうわけで膝枕お願いできないかしら」

「ええ!?」


 私は小宮くんの返事を待つことなく、彼の膝へ頭を預ける。

 下から見る小宮くんの顔は赤く染まっており、照れているのか、目を合わせてくれない。


「……まぁ、よかった」

「ふふ、心配してくれてありがとう」


 誤魔化した。

 ただ、全てが嘘だったというわけではない。半分は本当で半分が嘘だ。

 小宮くんがバカにされて腹立たしかったのも事実だが、それだけじゃない。


「ねぇ、小宮くん」

「……何?」

「私たちの関係、みんなに話してみない?」


 ◆


『私たちの関係、みんなに話してみない?』


 俺の膝で目を瞑る少女は、眠る前にそう言った。

 目を閉じたその姿も惚れ惚れするような美形である。


 今は規則正しくスースーと寝息を立てて寝ている。


「…………」


 この寝顔を写真に収めて転売するだけで利益になる気がする。


「いやいや、なんてことを考えてるんだ、俺は!!」

「ふふ、小宮くんは変態さんね」

「ッ!?」

「…………」


 市川さんからはまた先ほどと同じように寝息が聞こえてくる。


「寝言かよ」


 一瞬、心臓が飛び出るかと思ったわ。

 つーか、どんな寝言?


 穏やかに眠る市川さんの顔をマジマジと見つめる。

 こんな時じゃないとまともに顔見れないからな。


 ますます、俺の彼女にしておくには勿体ない気がしてならない。

 それでもあんな顔を見せられれば、放っておくことなんてできない。


「絶対、何か隠してるよな」


 俺がバカにされて怒ったというのも事実だろう。

 だけどあそこまで感情を剥き出しにしたのには別の理由がある。


 なんとなくそう思った。


「やばい。俺、結構市川さんのこと……」


 口に出すと耳が熱くなった。







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