第8話:女神様との帰り道
「……」
「……ふふ」
現在、俺は帰り道を市川さんと帰っている。
当然のように腕組みオプション付きで。
俺は平静を保つことに精一杯である。
授業が終わって遠野さんに話しかけられた時、鋭い視線を感じた。
その視線は市川さんからのものであり、昼のことがあった手前、無理やり遠野さんとの会話を切り上げて学校を出たのだ。
するとなぜか先回りしていた市川さんに捕まり、家の近くまで送ることになった。
学校から少し離れた場所とはいえ、こうやって繰り返し一緒に登校したり、帰ったりしていてはいつか誰かに見られそうな気がする。
というか、やっぱりこの感触、いろいろまずい。
「あ、あのさ。市川さん」
「何かしら? あ、もっと引っ付いたほうがいい? 大胆ね」
「いや、そんなこと言って──ってちょ!?」
「ふふ。可愛いのね」
「……」
抵抗しても無駄だとわかってしまったので俺は結局、受け入れる他なかった。
しかし、俺も男子。いろんな煩悩が湧き上がってくる。
それを抑えるのには尋常じゃない精神力が必要になる。
何か会話をして気を紛らわさないと……。
「そ、そういえばさ。帰りはいつもみんなで帰ってたけど、どうしたの?」
「みんな? ああ、神宮寺くんたちのことね。今日は部活あるみたいだから。静には、用事があるって言って帰ってきたわ。最近、お昼も一緒に食べてないから怪しまれたけれど」
「やっぱり……」
いつも一緒にいた相手が急にいなくなると人は何かを疑いたくなるものである。俺も同じく、女ができたのではないかとナカから疑われている。適当に誤魔化したけど。
「俺たちが付き合ってること黙っていようって言ったけどさ。友達には言ってないの?」
「言ってないわ」
あくまで、あの時提案した内容は、俺たちの関係が周囲にバレないようにすること。そういう意味では友達もそこに含まれているニュアンスになるが、本当に信頼できる友達になら言うのもアリかなと思った。
「友達にだったら言ってもいい気がするけど」
「あなたは藤本くんに言うの?」
「……言わないな」
あいつに言ったら絶対大騒ぎするし、どこかでポロリとこぼしてしまいそうなんだよなぁ……。
信頼とは別問題である。
「まぁ、私の場合は静には言いたいところだけれどね。他のメンツは論外ね」
あれ……?
崎野さん以外とはそんなに仲良くないのか? そうは見えなかったけど。
「私が親友だと思っているのは静だけよ。その他は単なる友達に過ぎないわね」
「意外とキツいこと言うのな。側から見たらみんな仲良しのリア充グループに見えるけど」
「見えているものだけが全てじゃないってことよ。その辺は静がうまくやってくれるからね。別に遊びにだって静がいなければ私は行かないわよ」
なるほど。つまり、みんな市川さんを中心に集まっているのかと思いきや、それをうまく回しているのは崎野さんだったようだ。
当の本人は崎野さん以外にはドライな模様。
「あの子はあれで結構周りに気を使うからね。私が秘密にしてほしいとお願いすることで周りの人に罪悪感を感じてしまわないか心配なのよ。本当は堂々と公表できるといいのだけれど」
「す、すんません」
情けない男でほんと申し訳ない……。
黙っていようとお願いしたのは市川さんだが、それは俺が言わせたようなもの。
全ては俺が情けなくてスペックが低すぎることが原因。
本当に俺みたいな平凡な男でよかったのか。
「別に責めているわけじゃないわ。だけれど、いつまでもこうやって逃げ続けることはできないかもしれないわね」
「は、はい……」
全くもってその通りでございます。いつかはこの関係がナカにもクラスメイトにもバレるだろう。
こうやって一緒に帰ったり、今日の昼みたいに一緒にご飯を食べていれば、隠し通すなんてのは不可能に近い。現に今だって何かを疑われている。
「私はあなたが自分に自信を持てるようになるまでいつまでも待つつもりよ」
「……!」
聖人か。この人は。
「ふふ、だから早くみんなにバレても問題なく私がイチャつけるように頑張ってね」
「ぜ、善処します……」
そんなことを言われれば俺も頑張らざるを得ない。
俺と市川さんがクラスメイトの前でイチャついているのなんて想像できないけど。
あれ? この前はみんなの前でイチャつくのは苦手って言ってなかったか? 女心はわからん……。
「まぁ静に話せない理由は別にもあるのだけれど」
「え?」
「気にしないで。独り言よ」
何だったんだろう?
はぐらかされてしまったが、気になるな。
「そうだ。小宮くん」
だけど市川さんは、その話をするつもりはないようで何かを思いついたかのように俺を名前を呼ぶ。
「あなたの写真を撮らせてもらえないかしら?」
「お、俺の?」
「そうよ。私、誰かと付き合ったら恋人と写真を撮って、待ち受けにすることが夢だったの」
「お、おお……」
なんつーか、市川さんって意外にもミーハーなんだな……。
そういうのにはあまり興味ないのかと思ってた。
「じゃあ、早速撮りましょ」
「え、ここで!?」
「ええ」
「ちょっ!?」
市川さんは、人眼も憚らず俺に身を預ける。先程の腕を組んでいたの時よりも高まった密着度に言葉が出なくなる。
やばい。頭がクラクラする。
市川さんは後ろ向きで俺に、抱きしめられるようにもたれかけスマホを取り出したかと思うとインカメにして構えた。
画面に映る俺はカチンコチンに表情が固い。
「ほら、もっと笑ってくれる?」
「あ、ああ……」
画面越しに目で訴えてくる市川さんは緊張する俺を見て楽しんでいるように思えた。
カシャリ。
「ッ!?」
そしてその市川さんに気を取られたところをいきなりシャッターを押された。
変な顔をしてなかっただろうか。
「ふふ。いい顔ね。ラインに送っておいたわ」
「お、おお。ありがとう」
市川さんがそう言った瞬間にスマホが震えた。
俺は市川さんとのトーク画面を開いて、送られてきた写真を見る。
どれどれ。
「え!? 俺、めっちゃ変な顔してるじゃん!!」
そこに映る俺は、ぎこちない笑顔に半目状態。最悪の写りだった。
「ええ。あなたは元からこんな顔じゃなかったかしら」
「いや、俺いつもどんな顔してんの!?」
「いいじゃない。気に入ったからもうすでに壁紙に設定したわ」
「やめて!?」
撮り直してほしいんだけど。
「ふふ。これでいざ見られてもあなただって分からないでしょう」
それでいいのか、市川さん。
でも本人嬉しそうだし、いいか。
下手なこと言って、またさっきみたい密着されてもあれだし……。
それからまた少し歩いて、十字路に差し掛かったところで市川さんが立ち止まる。
「じゃあ、今日はここまででいいわ。送ってくれてありがとう」
「どういたしまして」
「これはほんのお礼よ」
「え?」
チュッという音とともに俺の頬に柔らかい何かが当たる。
「それじゃあね」
「………………」
……………………。
………………。
…………。
おいおい市川さん。
こんなに飛ばして大丈夫なんですか……。
俺? 俺はもちろん、大丈夫じゃない。
意識を取り戻した頃には、日が暮れていた。
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