第7話:とある幼なじみ同士の会話
「あれ……? どこに行ったんだろう?」
私、遠野瞳は隣の席の小宮くんを探していた。
ここのところお昼休みになると、すぐに彼はどこかへ行ってしまう。
いつもなら藤本くんと一緒に小宮くんの席でお昼ご飯を食べているのに、今週の水曜日からずっとその姿が見えない。
それは金曜日の今日も同じだった。
「購買にでも行っているのかな?」
それか、食堂とか?
そう思ったところで教室に何かをぼやきながら入ってくる藤本くんの姿が見えた。
「くっそ、今日もいねぇな……どこ行きやがったあいつ?」
「どうかしたの?」
私はその様子が気になって藤本くんに声をかけた。
「え? ああ、遠野さん。洋太のやつ見てない?」
「小宮くん? 見てないよ。藤本くんと一緒に居たんじゃないの?」
「いや、それがさ。最近、付き合い悪くてさ。用事があるとか言ってどこか行っちまうんだよな」
「そうなんだ。先生に呼び出されてるとか?」
「いや、それはないな。この三日間くらいずっとだからな。特に目立つこともないあいつがそんなに呼び出されるとは思えん」
「確かに……あ、じゃあ、他のお友達とか?」
「残念ながらあいつには俺以外に友達がいない」
「あ、そうなんだ……」
確かにいつも藤本くんと一緒にいるような。
藤本くんが他の人といる時は、一人だった気がする。
「最近、蒼いないけどどこ行ってるんだ? 静、何か聞いてないか?」
「それが知らないんだよねー。私にも用事があるって言って教えてくれなくって」
「一体どこ行ってるんだろねー? まさか彼氏とか!?」
「……蒼に限ってそれはないだろ」
「うん、ないと思う」
そして藤本くんと小宮くんの行方について話していると同じような会話が神宮寺くんたちの方から聞こえてきた。
「あっちも市川さんが行方不明なんだな」
「みたいだね」
「案外二人で一緒にいたりして」
「え!?」
「まっ、あいつに限ってそんなわけないか! しゃあねぇ。気にはなるけど、今日も違うやつと飯食うわ。じゃあね、遠野さん」
藤本くんは気になることを言って、別の男子のグループのところに入っていった。
「本当にどこにいるんだろう……?」
結局、その後もお昼休みが終わるまで小宮くんは帰ってこなかった。
お昼休みが空けて五限目の授業が始まる。
お腹がやや満たされて眠気がやってくるこの時間帯にもかかわらず、私はお昼の藤本くんの言ったことが気になっていて、目が冴えていた。
隣では、その原因を作った小宮くんがうつらうつらと船を漕いでいる。
聞きたい。
友達の藤本くんにも内緒でどこになんの用事があったのか、市川さんと会っていたのではないか。
……気になる。
「じゃあ、このページの一文を小宮。読んでみろ」
「……っ、はい!?」
今は、英語の授業中。
先生に当てられた小宮くんは、大慌てて席を立つ。
そして教科書を見て固まっていた。
「なんだ、聞いてなかったのか?」
「い、いえ……」
「(十四ページの二段目の文だよ)」
「ッ! ええと、Now look at──」
私が隣からこっそりと教えてあげると小宮くんは文を読み始め、終わると席に座った。
「(助かったよ。ありがとう)」
「(どういたしまして。……そういえばね)」
「(うん?)」
「(ここ最近お昼、どこ行っているの?)」
「(──ッ!!)」
話せるチャンスが出てきたので、気になったことを聞いてみた。
引き続き、ひそひそと小さな声でお昼のことを聞くと小宮くんは先ほど先生に指された時と同じように体を跳ねさせた。
その衝撃で机が少しだけ音を立て、小宮くんのシャーペンがコロコロと地面に落ちる。
小宮くんはそれも気づかないようで話を続けた。
「(べ、別になんでもないよ。ナカと食堂に)」
「(藤本くんも小宮くんを探してたみたいだったよ?)」
「(…………。ナカと食堂に行こうと思ったんだけど先生に呼び出されたのを思い出して職員室に)」
「(この三日間ずっと?)」
「(そ、そう……)」
「(そうなんだ)」
うーん? なんだか釈然としない説明だ。
でも嘘つく理由もないし……。
「(ごめん。ノノノート取ってもいい?)」
「(ごめんね、邪魔しちゃって)」
「(ううん、大丈夫)」
小宮くんはそう言うとシャーペンを探し始める。
あっ、さっき落としてたの気がついてないのかな?
ちょっと遠いけど取ってあげよう。
だけど、小宮くんもちょうどシャーペンが落ちていることに気がついたのか手を伸ばした。
私はそれに気がつかず、同じタイミングでシャーペンに手を伸ばし──
「「あっ……」」
手が重なった。
それからお互いに目があって、ほんの数秒だけ時が止まったように固まった私と小宮くん。
「ご、ごめん!」
「こ、こっちこそ!」
慌てて手を引っ込める。
熱い。顔が熱いよ。
シャーペンは無事、小宮くんの手に収まっていた。
◆
今日の最後の授業も終わりを迎える頃。
私はまだモヤモヤしていた。
お昼のことを考えれば考えるほど、小宮くんは何かを誤魔化している気がしたからだ。
別に話したくないならそれでもいいんだけど、嘘を付かれるのはなんとなく嫌だった。
「よ、よし。今度こそ……」
私は深呼吸をしてから、チャイムが鳴ると同時に隣の小宮くんに話しかけた。
「こ、小宮くん。ちょっといい?」
「っえ!? 遠野さん? なにか──ご、ごめん。今からちょっと用事があって……また、今度にさせて! ごめん!!」
「え? あ、小宮くん!!」
小宮くんは、どこかを見たかと思うと慌てて教室を出ていった。
また、ダメだった……。
その後、私は一人で学校を出た。
「はぁ……」
「どーぉしたんだい! 元気ないね」
「アキちゃん!」
自宅の門を開けようとしていたところ、後ろから声をかけられ振り返る。
そこには、同じ学校の女子制服を身に纏った幼なじみがいた。
「今日、部活は?」
「今日は休み。連絡入れたけど、見てなかったの?」
「あ、ホントだ。ごめん」
携帯を見るとそこにはアキちゃんからのメッセージがいくつか入っていた。
「ねぇ、お部屋行ってもいい?」
「オッケー。じゃあ、こっち」
私は門を開けずにそのまま隣の家であるアキちゃんの家へと入って部屋に向かった。
私とアキちゃん──
昔からこうしてよくお互いの部屋を行き来することもしょっちゅう。最近ではアキちゃんの部屋が多めだった。
本当だったら学校でも一緒にいたいところだったけど、とある理由で私たちが幼なじみであるということは学校では秘密にしていた。
アキちゃんの部屋は物が少ない割に散らかっており、ベッドの上にも昨日読んだであろう少年漫画が散らばっていた。
「もう、アキちゃんったら。いつも散らかしっぱなしなんだから」
「はいはい、小言小言。後で片付けるよ」
「そう言って、いつも片付けてないよね? 片付けるのはいつも私なんだけど?」
「瞳は私のお母さんだよ」
「こんな大きな子を産んだ覚えはありません」
アキちゃんは、見た目も性格も男まさりだ。
髪は短めで、顔も中性的。
陸上部でも短距離走で期待のエースであり、同性の私から見てもすごくカッコいい男前女子。
それだけじゃなくて振る舞いも男らしいものだから女子生徒から憧れることも多い。
神宮寺くんとは別の意味で女子から大人気なのだ。
ついこの間も後輩の女子からも告白されていた気がする。
さすがの完璧超人と言われる市川さんも運動能力ではアキちゃんの前では勝てないと思う。
「それで何か悩み事? あっ、そう言えば気になっていた男子を遊び誘えた?」
「そ、そのことだけど……」
私は、正直に同じクラスの男子──小宮くんを遊びに誘えなかったことをアキちゃんに伝えた。
「ああーもう、焦ったい! もっと積極的にいかないと!」
「しょ、しょうがないじゃん! 好きだって気づいたの最近なんだし……」
意識し始めたのは、ついこの間だった。
一年の頃は別々のクラスで入学式で私が声をかけたのが初めだった。それから偶然同じ委員会になったりして、話す機会は増えたけどあまり意識はしていなかった。
だけど、一年の終わりの方。彼は私を避け始めた。
そのことで悲しい気持ちになり、モヤモヤする日が続いた。
この自分ではよくわからないこの気持ちをアキちゃんに相談したら、『それは恋だね』と教えてくれたのだった。
思い返してみればこの一年、小宮くんには委員会繋がりでいろいろお世話になってばかりだった。
彼との出来事を振り返ると自然と頬が弛む。
まだ好きかどうかは分からないけど気になる男の子というのは事実だった。
でも私には自信がない。
「いやいや、話聞いてたらわかるけど。その男子、絶対瞳のこと意識してるって」
「そ、そんなことないよ! 私、そんなに可愛くないから……」
「(全くこの子は……私が男だったら放って置かないのに)」
「え? 何か言った?」
「何でもない!」
小さくて聞き取れなかった。
「次の週、必ず誘うこと。もし、誘えなかったら、私が一肌脱いでやることになるよ。わかった?」
「え!? ちょっと、何するつもりなの!?」
「まあ、お楽しみってことで。私に何もして欲しくなかったらさっさと誘うんだね」
「うぅ……」
アキちゃんは考えるよりすぐに行動するタイプ。放って置いたら勝手に行動してしまってどうなるか分からない。
追い詰められた私だった。
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