第6話:女神様の嫉妬

「市川さんたちと何話してたの?」

「え?」


 席に戻ると隣の遠野さんから声をかけられ、慌てふためく。

 市川さんのことを考えていたから完全に油断していた。


「あ、なんでもないよ。ただの世間話!」

「世間話……」

「いや、本当になんでもないから!」


 なぜか疑いの目を向ける遠野さんに必死で取り繕う俺。

 なんとなく後ろめたい気持ちになってしまう。


「も、もしかしてだけど、小宮くんも市川さんのこと好きとか?」

「うぇ!? な、なんで?」

「え、だって男子って結構、市川さんみたいな綺麗な人のこと好きだし……女の私から見てもすっごい美人だから……」


 こ、これはなんと答えれば……。


「私は市川さんみたいに美人じゃないし、スタイルもいいわけじゃないし……羨ましいよ、やっぱり」


 確かに遠野さんは市川さんと比べると身長もあまり大きい方ではない。どちらかと言えば、小柄なほうだ。

 だけど、それが相まって彼女の可愛らしさを引き出していると言っても過言ではない。

 ……なんか、専門家っぽくてキモいな。やめよ。


 俺が言いたいのは、市川さんを綺麗系と称するなら遠野さんは可愛い系ということだ。


 やはり遠野さんもスタイルとかで悩んだりするのだろうか。

 今のままでも十分可愛いと思うんだけど。


「……やっぱり男の子ってスタイルいい人の方が好きなのかな」


 小さな声でボソリとかろうじて聞き取れた。

 心なしか遠野さんの顔はどこか落ち込んでいるようにも見える。


「何かあった?」

「あ、いや! ちょっとねっ!」


 これは……何かを誤魔化してる?


「もしかして幼なじみのこと?」

「えっ!? なんで!?」


 この慌てよう。間違いない!

 好きな人に振り向いてもらえなくて、困っているんだ。

 そうに違いない!!


 クソ、イケメン幼なじみめ! 遠野さんを困らせやがって!!

 そうだったとしたら……俺ができることは一つ。彼女を応援することだ。


 遠野さんが誰かと付き合うなんて考えただけで脳が破壊されそうだが負け犬の俺にその恋を邪魔する権利はない。


 何より好きだったからこそ、彼女には幸せになってほしいのだ。

 頑張れ、俺! 彼女を勇気づけるんだ!!


「ととと、遠野さんだって十分きゃわいいと思う」

「──ッ。そ、そうかな……ありがと!!」


 めっちゃ噛んだ。きゃわいいって何だ。チャラ男か。

 それより、遠野さんは先ほどより元気になったようだ。

 よかった。でもまだ顔が赤い気がするな。


「遠野さん? 大丈夫?」

「だ、大丈夫だよ! この通り!」


 そう言うと遠野さんは、慌てて俺から離れ、右腕で力コブを作るようなポーズを取った。

 華奢で白い腕はかなりなだらかだった。


「あはは、全然できてないよ」

「あっ、笑った!? いいもん、作るもん!!」


 遠野さんは拗ねてしまったのか、そっぽを向く。

 その様子が微笑ましくて笑ってしまった。


 なんだか、前よりも自然と接することができるようになった気がする。

 肩の荷が降りたからだろうか。


 振られたらどうしようとか、余計なことを考えなくてよくなったからかもしれない。

 案外早い段階で立ち直れているのかもしれないな。


 もう彼女への想いがないと言えば、嘘になる。

 だけどもしかしたら近いうちに、この気持ちにも整理がつきそうな予感がした。

 それはそれで寂しいけど。


 というか、やっぱりめっちゃ不誠実だよな。市川さんに他に好きな人がいたとか言ってないし……。

 市川さんは自分に気持ちがなくても別にいいって言ってくれたけど、本当にこれでよかったのか。


 ちゃんと市川さんにも話した方がいいだろうか。

 好きな人がいたって。


 でも……。

 今朝の不機嫌な様子を思い出す。あの感じからするとちゃんと話せるか不安である。


 昼休みになったら一回謝ってみるか……。


 なお、理由は未だ不明。


 そして俺は気付いていなかった。

 この微笑ましいやりとりを鋭い眼光で見ているものがいることに。


 ◆


 昼休み。


 俺は購買で買ったパンを片手に屋上へ繋がる階段を目指す。

 残念ながらこの学校の屋上は閉鎖されており、出入りすらできない。俺の目的の場所は屋上ではなく、階段だ。


 階段へ向かうとそこには階段に腰掛けすでに待っている人物がいた。


「ようやく来たわね」

「ごめん、購買行ってて」

「別に構わないわ」


 市川さんは顔の表情を変えず、淡々とお弁当を取り出し始める。

 やはり、朝から不機嫌なのが治っていない気もする。

 いや、これが普段の彼女の姿かもしれない。基本クールだからな。そうだよね……?


 朝、一緒にお昼を食べると言う約束をしてお昼になったら人通りの少ないここに集合ということにしていた。


 ナカには、どこへ行くのかしつこく聞かれたがなんとか誤魔化してここまで来たのだった。


「…………」

「…………」


 気まずい。

 朝、家にいたのとはまた別の気まずさが襲ってくる。

 市川さんは、無言でお弁当のおかずを頬張っている。お弁当は野菜中心のメニューで普段の食事から気を使っているのが窺えた。


 よ、よし。


「あ、あのさ。怒ってる?」

「私が怒っているように見えるのかしら」


 その回答は困る。どちらかと言えば……怒っているとは思うが、ここで馬鹿正直に肯定してもいいものか。


「いや、えっと……」

「朝」


 俺が何を言おうか思案していると彼女はそれを遮った。


「朝、藤本くんが言っていたことは本当なのかしら?」

「ナカが?」


 何言ってたっけ?


「女に飢えてると言っていたじゃない」

「ああ。あれは……っ!」


 も、もしかしてそのことで怒ってたの!?


「私という彼女がありながら、小宮くんはまだ物足りないというのかしら。ハーレム王でも目指す?」

「いや、そうじゃない! あれは、その……」

「はぁ。あの後もお隣の遠野さんだったかしら? ずいぶん楽しそうに話してたわね」

「い、いや……その……」


 まずいまずいまずい。見られてた?

 え? 俺、彼女に好きだった人と会話してたの見られてた?

 絶対、俺楽しそうに話してた自信がある。


「ご、ごめん」

「ごめん? あなたは謝るほど悪いことをしたという自覚があるのかしら」


 逃げられない。


 決して浮気とかそういうのじゃないんだけど、元々好きだったからあまり吹っ切れていない状態で付き合った後ろめたさもあるわけで……ああ、もうどうすればっ!!


「小宮くんは浮気性なのね」

「ち、違うくて……」

「そんな小宮くんにはお仕置きをしなくちゃいけないわね」

「ひっ!?」


 め、目が笑ってない!!

 市川さんは不敵な笑みを浮かべてこちらに迫ってくる。


「私の思い通りにならない彼氏なら……」


 も、もう、だめだ……。

 俺はあまりの恐怖に目を瞑った。


「……むぐぅ!?」


 口に何かを詰められた。

 思わず入れられたそれを噛み砕くとプチっと弾けて口の中に甘塩っぱい果汁が広がる。


 これは……プチトマト?


 恐る恐る目を開けると市川さんが上品に笑っていた。

 先ほどのような圧はもう感じられない。


「あら、どうしたの? そんな狐につままれたような顔をして? 私が怒っているとでも思ったの?」


 あれ……怒ってないの?


「私、役者になれるのかもしれないわね」


 今朝のもさっきのも……演技だった?


「ふふ」

「っっ!!!!!」


 完全に騙された!!!!

 弄ばれた!!!


「小宮くんの反応が面白いものだからついからかってみたくなるの。ごめんなさい」

「勘弁してくれ」


 身が持たない。

 俺はてっきり……。


「あら、でも嫉妬したのは本当よ。もし、またあなたが他の女子と楽しそうに話しているのを見たら本当に刺しちゃうかもね」

「……じょ、冗談だよね?」

「さぁ?」


 ますます、彼女にその遠野さんが好きだったなんて言えなくなってしまった。



───────


早く修羅場にさせたい。

けど、まだ誰一人フラグが立っていない!


もうちょっと待ってくださいね。

素敵な修羅場をご用意しておきます。

今はまだ二人の少し甘めの関係をお楽しみください。


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