第9話:女神様の友人

 金曜日が終わり、土曜日がやってきた。

 昨日のことを思い出すたびに俺は一人悶えていた。


 初日からではあるが、市川さんの積極性がすごい。

 何がそこまで彼女を駆り立てるのか。俺ってそんな魅力的な人間ではないぞ?

 はっ、いかんいかん。彼女に釣り合う人間になるためにも卑屈にならないと決めたんだった。


 今日も市川さんから遊びの誘いがラインでやってきていた。


『今日の予定はいかがお過ごしかしら? よければお家行っても?』

『ごめん。今日は残念ながら用事がある』

『用事? こんなに可愛い彼女を放っておいて何の用事があるの?』

『実家に帰るんだ。ちょっと親に言わないといけないことがあるから』

『そう。なら構わないわ』


「ほっ……わかってくれてよかった。市川さんって結構……というかたまに怖い時あるからな。昨日も遠野さんと話してる時すごい睨んでたし。冗談って言ってたけどあの目は本気だった気がする……」


 とてつもない片鱗を覗かせる市川さんを思い出すだけで寒気がして体を震わせた。


 それと同時にスマホも短くブーブーと二回震えて、市川さんのメッセージを画面に映し出す。


『ちなみに今日の私の下着の色はピンクよ』


「ぶっ!? 何やってんの!?」


 そのメッセージとともに送られてきたのは、市川さんの肩から腕にかけての写真。

 確かにピンクのブラ紐だった。全体が写っていないのは幸いか。

 周りを確認しながらこっそりともう一度、画面を覗き込む。


『これで一日頑張って』

「何をだよ……」


 最近の男子高校生を舐めないで頂きたい。ブラ紐如きで興奮などするものか。

 あまり見ないようにしてから俺は彼女にツッコミを入れる犬のスタンプを返した。


 チラッ。チラッ。チラッ。


「……」


 なんていうか、最初イメージしてたクールな印象とはかけ離れてるんだよな。

 どちらかと言えば、アプローチは情熱的だ。


 なんとなくだけど、彼女はまだ俺が市川さん本人を好きじゃないということがわかっている気がする。

 付き合ったはいいけど、好きだとかはまだ言ってないし……。


「それに下手したら俺が遠野さんを好きだったことも知っている気がする」


 それは怖いから確認できないけど、明らかに他の女子と話す時と遠野さんと話す時では態度が違った気がするのだ。


「触らぬ女神に祟りなし」

「何スマホ見て、一人で呟いてるの?」

「うわっ!?」


 駅に向かう途中、道端で市川さんとやりとりに独り言を呟いていたら急に声をかけられてしまい、スマホを落としてしまった。


「あははー、何そんなに驚いてるの? もしかしてエッチなものでも見てたのかな〜?」

「あ、さ、崎野さん!? 何でもないよ!」


 俺に声をかけてきたのは市川さんの親友でもある崎野さんだ。


 崎野さんの服装は、短めのスカートにひらひらしたシャツを着ており、お姉さんという感じを醸し出していた。


 同級生の私服姿なんて見ることないから少し新鮮だ。

 露出がちょっと多い気がするが。


「あ、なに〜? もしかして見惚れた?」

「い、いや……別に……」


 こういう時、うまい返ができない自分が恨めしい。

 陽キャだったらきっと、似合ってる、とか。見惚れた、くらい返すのだろう。


 ちょっと恥ずかしくて無理でした。


「あはは〜、うぶだね〜。よっと」


 崎野さんは恥ずかしがる俺をからかうと俺が落としたスマホを拾ってくれた。


「はい。これ」

「ああ、ありが……とっ!!」

「?」


 そしてそれを受け取る際、そこに映し出されていたものを思い出し、ひったくるように崎野さんから奪い取ってしまった。

 しかし、その行動が崎野さんには不自然に映ってしまう。


「あれ? その慌てようまさか、本当にエッチなの見てた?」

「いやいやいやいやいやいや、そんな白昼堂々見ないから。見ないから」

「アッハハハハ! 小宮くんわかりやす過ぎ! そんなに否定してたら本当に見てたみたいじゃん!」

「あっ」

「まぁ、小宮くんも男の子だし? そういうのは仕方ないと思うけど、さすがに外で見るのはね〜」


 違うのに。あんな急に送られてきたら見るに決まってるじゃん。

 あんなの不意打ちだよ。俺が見たくて見たわけじゃないのに……。


 崎野さんの中で俺は、外でもエッチなものを見る変態の位置付けになってしまった。


「小宮くんって影薄くて普通の子だと思ってたけど、結構、面白いかもね〜。前もナカくんと一緒に話したっきりだったし、この際、連絡先の交換よかったらどう?」

「え?」


 すごいグイグイくるな。これがコミュ力。これがギャル。


「あ、ああ。俺で良かったらお願いします?」

「そんな敬語になんなくていいよ〜、ほらスマホ出して! あっ、エッチなのはどこか消してね!」

「だから、違うって!!!」


 俺はスマホのロックを解除し、手早く画面をホームに戻した。


 そして再び、ラインを再起動してからお互いのIDを交換する。


「これで完了、っと! お、アイコン猫ちゃんじゃん!!」

「ああ、実家で飼ってて。ケミさんって言うんだ」


 三毛猫だからケミさん。単純とか言うな?


「かわいい〜!! ねぇ、もっと他にもないの!?」

「あ、あるけど」


 なんだこの食いつきは。急にグイッと近くによってきて俺はドギマギしてしまう。

 いい匂いがする。

 い、いかん。余計なこと考えるな! それも彼女の親友に!!

 この手の輩は距離感がおかしいからな。うん。単に猫好きなだけだ。


 俺はスマホを再び操作し、画像フォルダの中から適当にケミさんの写真をタップし、見せる。


「うわぁ〜〜〜、ヤバイ!! この子、欲しい!!!」

「ダメ」

「ええええ〜〜〜〜」


 崎野さんは、文句を垂れつつ写真をスライドさせていく。

 サッササッサと次々にスライドさせて、ケミさんのあらゆるシーンを目に焼き付けていく。


 そこで気がつく。


「あっ」


 ヤバイ。あの中には、市川さんと昨日撮ったツーショットが保存されている。

 あんな距離感で撮ったあの写真を見られたら……。


 唐突に冷や汗が流れ始めた。


「いいなぁ〜〜〜」


 下手にここでまた焦って返してもらおうとすれば、それこそまた何かを怪しまれかねない。

 エッチな画像が保存されているくらいの誤解で済めばいいけど、市川さんとの写真は死守しなければ。

 いや、エッチな誤解もダメ!!


 そっと画面を盗み見れば、崎野さんが見ていた写真はつい最近のところまで来ていた。


「ほわぁ〜〜〜」


 ど、どうする!?

 もう奪い取るしか──


「ほい。ありがとう! 猫ちゃん成分堪能できたよ」

「お、おお。ヨカッタデス」

「?」


 心臓がうるさい。

 ようやく帰ってきたそのスマホに映っていた写真は、市川さんとのツーショットの一つ前のものだった。


「やっぱ、将来は猫飼いたいな」

「そ、そうだね。ごめん、崎野さん、俺これから用事あるからさ」

「あたしの方こそごめん、用事なのに! あたしも行くよ。じゃあね〜。あっ、外であんまりエッチなの見ちゃダメだよ〜〜?」

「見ないから!!」


 遠くへ去っていく崎野さんはなぜか大声でそう言い残していった。


 本当に勘弁して欲しい。

 それにしても見た目通り、騒がしい人だった。

 市川さんとの関係は注意しないと……。


 俺は少しだけ休憩してから駅へと向かい、実家へと続く電車に乗り込んだ。




『外でエッチなの見たらダメだよ?』


 ラインでその連絡が来たときには流石にしつこいと思った。


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