第47話

「えっと、部活帰り?」

「そうだよ。まさかこんなところで会うなんてびっくりした」


 私を見た瞳は目を丸くしていた。

 瞳はクレープを食べていたようで今はもう、包紙だけが虚しく机の上に置かれていた。

 そして瞳の向かい側にはカフェラテの容器があった。


 誰かと来ている?


「ごめんね、もしかして友達と来てた?」

「あー、えっと……うん」


 なんだか歯切れ悪く、瞳はうなずいた。

 この反応……もしかして?


「あ、もしかして噂のお隣くん!?」

「ちょ! 声が大きいよ、アキちゃん!!」


 当たりみたいだね。

 瞳は恥ずかしそうに顔を赤くして叫んだ。


 それにしてもようやく誘えたんだ。やるねぇ、瞳は。


「ほぉほぉ〜、これはこれは挨拶をしなくちゃいけませんな」

「もう。すぐ調子に乗るんだから。同じ学校だよ? 分かってるの?」

「そういえば、そうだった」


 そう。私たちが幼なじみだということは学校では秘密にしていた。

 秘密……というよりは、あまり学校では関わらないようにしているというのが正しいか。

 理由といえば、中学の時、そのことで色々と問題があったから。


「でも……いつまでもそうしてられないよね」


 瞳も同じことを考えていたのか、力なく呟いた。


「よし。決めた! 今日、アキちゃんにもちゃんと紹介するよ。それに私もアキちゃんのことちゃんと紹介したいし。私の大切な幼なじみとして」

「瞳ぃ……」


 私は瞳の言ってくれたことが嬉しくて涙腺が緩んだ。


「えへへ、アキちゃん泣いてるの? 大袈裟だなぁ」


 そう言って、私の頭をよしよしとする。それがまた心地いい。

 そして気持ちが緩んだせいかまたお腹が大きな音を立てた。


「あ〜、瞳に泣かされたらお腹空いちゃった。何か買ってくるよ!」


 そう言って私は、席をたった。


 ◆


「えへへ」


 私、遠野瞳は嬉しい気持ちでいっぱいだった。

 アキちゃんに小宮くんのことを紹介できるからだ。それに小宮くんにもアキちゃんを紹介できる。


 小宮くんとはまだ特別な関係になってはいないけど、やっぱり好きな人に秘密事を抱えたままにしておきたくなかった。


「小宮くん、どこまで行ったんだろう?」


 お手洗いに行くと言ってしばらく。行く前、顔色も少し悪かったし、体調悪いのかな。大丈夫かな。


 そんな小宮くんのことを心配しているとアキちゃんがお盆を持って戻ってくる。


 お盆の上には大きな鉢に入ったおうどんと別皿に山盛りの天ぷらが盛られていた。


「すごい量。よく食べるね」

「まぁね。部活終わりだし! あ、でも待てよ? こんな大量なところ瞳の彼氏くんに見られたらちょっと恥ずかしいかも」

「か、彼っ!? ま、まだ違うから!!」

「ほぉ〜その反応はもうすぐなるということかな〜?」

「もう! からかわないでよ!!」

「へへ、ごめんごめん!」


 アキちゃんは笑いながら謝ると一気におうどんを啜り出す。

 相変わらず豪快な食べっぷり。だけどそんなところもアキちゃんの素敵だと思うところの一つだ。


「そう言えばだけど、アキちゃん」

「ん? どうしたの?」


 お玉に麺を乗せながらアキちゃんは耳を傾ける。

 今はおうどんに集中しているようだ。麺を乗せ終えると出汁と一緒に気にそれを口へ運ぶ。


「何か悩み事でもあるの?」

「ずずっ……ごほっごほ!? ん……へ。な、なんで!?」


 図星だったのかアキちゃんはむせ返ってから驚いたように聞き返した。


「なんとなくここに来た時、アキちゃんには珍しくぼんやりした顔してたから」

「ゴホ……よくわかったね?」

「ふふ。これでも数年幼なじみやってますから。中学の時の陸上でスランプに陥った時みたいな顔してたよ」

「そんな顔してたかなぁ……」

「もしかしてスランプなの?」

「違うけど……」


 アキちゃんは照れ臭そうに顔を背ける。いつも人の悩みには敏感で聞いてくるのに自分の悩みとなるとあまり外に出さないのが悪い癖だ。


「どうしたの、よかったら聞くよ?」


 そんなアキちゃんに私はいつものお返しじゃないけど力になりたいと思い、聞いた。


「……あ、ありがと」


 アキちゃんの照れるところはかわいい。


「悩み事っていうか……ねぇ、例えばの話なんだけど聞いてもらえるかな」

「うん、話して話して!」


 アキちゃんから相談されることなんて滅多にないからどうしても悔い気味になってしまう。

 それも部活関連じゃないのならなんの相談なのだろう。

 それもより興味を引き立たせ、私は耳を傾ける。


「た、例えば! 本当に例えばだからね?」

「いいから早く!」

「そんなに急かさないでよ! そ、その……男友達が他の女の子と一緒にいるとモヤモヤするんだけど、これは一体なんだろうなーって……」

「……」


 私は絶句していた。言葉が出ない。

 アキちゃんはモジモジと頬を赤らめている。か、かわいい!!


「ひ、瞳?」


 いつもかっこよくて頼れる私の大切な幼なじみ。

 男勝りでこれまで一切そういった話を聞いたことのなかった彼女が……男友達が他の子と話してモヤモヤ? それってつまり……そういうこと?


「ッ」


 か、可愛すぎる……。

 私の幼なじみが可愛すぎる……っ!


「瞳!」

「はっ!?」


 私はアキちゃんに揺さぶられ、我に返る。

 アキちゃんは未だかつてない感情に戸惑っているように思える。


 でも……あのアキちゃんが……。

 ふふ。幼なじみとして純粋に嬉しい。


「アキちゃん……それはね。恋だよ」

「……は?」


 私の言った言葉にフリーズするアキちゃん。


「な、なんで?」

「なんでって……あははは、アキちゃん面白い!!」


 私はクールでイケメンな幼なじみの戸惑う姿を見ておかしくて笑ってしまった。アキちゃんは納得できない様子で口を尖らせた。


 過去に私に対して同じことをアキちゃんは言った。

 小宮くんのことでモヤモヤする、と相談した時だ。


「アキちゃん、私の時に同じこと言ったよ? 覚えてないの?」

「ッ」

「アキちゃん顔真っ赤!」


 アキちゃんは自分のことになると鈍感になる。

 アキちゃんはあの時の私と自分が同じ境遇に置かれていると分かった途端、歯止めが効かなくなったのか、どんどんと赤くなっていく。


 いいなぁ。アキちゃん、乙女してる。

 私のアキちゃんをこんな風にした男友達って一体誰なんだろう。

 ……少し嫉妬しちゃうな。


「ででで、でも、そそそ、それはないよ」

「ん〜?」


 ああ〜アキちゃん、可愛いな〜。


「どうして?」

「そ、それは、まだ出会って数日だし。あんまり……一緒に遊んだとかないし」

「でも他の子と話すと嫌なんだよね?」

「それは……そう……」

「アキちゃん。あんまり時間は関係ないよ。その人がいいと思ったらそれは恋なんだよ」

「こ、恋……」


 ぷしゅ〜と湯気が出そうになるくらいになっていた。

 そんなアキちゃんを見て、私も楽しくなる。

 今まで散々弄られてきた分、これからは私がアキちゃんを弄ろう。


 そう心に決めたところで誰かがこちらに近づいてきた。



──────


アキちゃんと瞳ちゃんの回でした。

男まさりな女の子が乙女になるのっていいよね!

私は好きです。


早く小宮くんをぶち込みたい。


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