第48話:修羅場⑧

 結局、市川さんを探しに行ったのだが、彼女を見つけることができなかった俺は、遠野さんの元へと戻った。


「遠野さん。お待たせ」

「あ、小宮くん。おかえり」

「……え? アキ?」

「──っ!? よ、よーた?」

「え? ようたって……?」


 俺がフードコートへ戻るとそこには遠野さんとなぜかジャージ姿のアキがいた。

 どうやら遠野さんとアキは偶然出会ったのか、話をしていたらしい。

 というより、面識あったんだな。知らなかった。


 ……でもこの空気は一体何?


 アキも遠野さんも固まっていた。アキは、俺が現れたことに対して。遠野さんは、秋が俺の名前を呼んだことに対してか?


 俺はなんだか嫌な予感がした。


「ど、ど、どうして、よーたが瞳と?」

「あ、アキちゃん。ようたって……?」

「ちょ、ちょっと待って。二人は、その……知り合い?」

「「あ……」」


 俺はイマイチ彼女たちの関係性が分からず、質問をした。

 二人はお互いに何かを考えてこむように頭を抱える。どちらもその様子から戸惑いが隠せていない。


 ……俺、何かしてしまったんだろうか。


 二人が何かを答えてくれるまで不安だけが募り積もっていく。


「お、教えて欲しいんだけど、小宮くんとアキちゃんってどんな関係?」


 口火を切ったのは遠野さんだった。

 俺とアキとの関係か。どんな関係かと言われれば、一つしかないだろう。


「友達だよな。アキ」

「……え! あ、ああ、うん。そうだよ。友達……(ともだち……)」

「こ、小宮くんがアキちゃんの友達……え、ということはさっきの……」


 な、なんだこの反応は……。

 なんかどっちもドンドン暗くなっていくぞ!?

 俺の回答間違ってないよね!?


「よーたは、瞳とどういう……?」

「えっと、それも友達だけど」

「(やっぱり、ただの友達なんだ……)」

「あ、ああ……そういう……そうなんだ……」


 重い。え、なに? 本当に、何!?

 なんでこんな二人とも沈んでるの!?

 これ、どうすんの……。


 し、仕方ない。俺からも気になっていること聞いてみよう。そうすれば打開策が見えてくるかも知れない。


「えっと、遠野さんとアキは? どういった関係?」

「私たちは……」

「……うん」


 俺が質問すると二人は顔を見合わせる。


「私たち」

「幼なじみなんだ」


 そしてそう答えた。


 ……ん?

 幼なじみ? 遠野さんの幼なじみって……イケメン野郎で、遠野さんもそいつのこと好きなんだよな。

 そのせいで俺が諦めたんだから、そこはハッキリと覚えている。


 あ、ということはもう一人幼なじみがいるのか!


「幼なじみってもう一人いる?」

「……? いないよ」

「ああ。私たちは家が隣同士で他には幼なじみと呼べるような子はいないね」

「────っ」


 絶句してしまった。

 え、嘘だろ……? も、もしかして。もしかしなくとも遠野さんの幼なじみって……アキ?


『それはもちろん、私にとって、は大切な存在だよ』


 過去に遠野さんに聞いた言葉がフラッシュバックする。

 ──────…………ぁぁ。

 どうやら俺はとんでもない思い違いをしていたらしい。


 遠野さんにイケメンの幼なじみなんていなかったんだ。

 いや、アキは確かにイケメンだけど、そうじゃなくて。異性の幼なじみなんていなかったってことだ。

 幼なじみとして、大切。そういうことかよ……。


「小宮くん?」

「よーた?」


 あまりの衝撃に脱力してしまった。

 ……ちょっと待て? じゃあ、あの夕暮れの教室で聞いた遠野さんの好きな人って一体?


 俺はそれを考え始めたらどんどん気になり出してしまった。





 洋太が一人、考え事を始め、自分の世界に入り始めた頃。

 秋と瞳は二人でヒソヒソと話し合っていた。


「ねぇ、瞳。もしかしなくてもだけど、隣の席の好きな人ってよーた?」

「あ、アキちゃんこそ。さっき言ってた男友達って小宮くん?」


 お互いに分かりきっている質問をぶつけ合い、確認を行う。

 分かっていてもやはり本人から聞き出すまで、信じたくなかった。


 だけど、お互いの反応を見て確信する。

 自分の好きな人は幼なじみの好きな人であると。


「い、一体いつからなの。いつからアキちゃんと小宮くんは友達に?」

「一週間くらい前かな。その電車で痴漢に遭って」

「え!? アキちゃんが痴漢されたの!?」

「え? いやいや、そうじゃなくて! 二人で痴漢を捕まえたの。それがきっかけでというか」

「そういうことなんだ。で、でもどうして急に? アキちゃん男の子に興味なかったよね?」

「きょ、興味って……確かになかったけど、よーたは他の男子と違うというか……」

「それってどこが?」

「そ、それは……その……ちゃんと女の子扱いしてくれたっていうか、なんというか……」


 二人の会話はどんどんと加熱していく。

 意外にもいつもとは逆で瞳が食い気味にそして秋が少し引き気味だった。


「……」

「……」


 二人はお互いにどうするべきか考えた。

 幼なじみのことは大切。その人に好きな人ができたのであれば、応援してあげたい。

 だけど自分の好きな人も諦めたくない。


 お互いがお互いそう感じていた。


(こんなのってないよ……)


 瞳の気持ちは暗く沈んでいた。

 せっかく勇気を出してデートに誘う(騙し討ちの形にはなるが)ことができたのにそこで大切な幼なじみがその人を好きという事実がわかってしまうなんて。

 最悪だと思った。


「ご、ごめんね、瞳。私、よーたが瞳の好きな人だと知ってたら──」

「ううん、アキちゃん。それは違うよ。その考えはやめて」

「うっ……ごめん……」


 瞳は秋の考えていることが分かり、叱責する。

 秋は昔から自分を犠牲にしがちだった。それは外でもない自分のために。そんな彼女がまた自分のせいでそれを諦めようとしているのはやるせなかった。


「…………」

「…………」


 どうすればいいか分からない。そんな沈黙が流れる。


「い、いや、違う違う。そうじゃない。違うよな?」


 その渦中にいる当事者である彼は、のんきにも一人頭を悩ませているのだが。


 瞳は、考える。今までが頼りすぎていたのだと。

 だからアキはいつまで経っても自分を優先してしてくれるのだと。

 それならば──


(……よし)


 瞳は一つの決心をした。


「アキちゃん」

「な、何?」

「わ、私負けないよ!」

「え!?」


 瞳がしたことは大切な幼なじみへの宣戦布告だった。


「今までアキちゃんに散々迷惑かけてきて都合の良いことかも知れないけど、私、これは諦めたくない!」


 そう声高に宣言する。

 瞳はアキに頼らず、自分一人の力で足を地につけて進む決心をした。

 

(本当はただ、小宮くんを取られたくないだけかもしれないけど……それでも)


 それに対し、秋も先ほどまで悩ませていた頭の中のもやがクリアになっていくように感じた。


(……わ、私も諦めたくない!)


 そんな感情を引き起こされた。


 そして、今まで秋が瞳に対して抱いていた想い。瞳は自分が守らなくてはいけないという義務感のようなものから解放された気分になる。


 瞳はもう自分が守らなくてもいい。こうやって誰かに立ち向かえるほどに強く成った。そのことが何よりも秋にとって嬉しかったのだ。


 だから自分も堂々とそれを受けてたつ。


「私も。私も瞳に負けないよ! 幼なじみだからって容赦しないから!」

「それはこっちのセリフだよ。アキちゃん。私が勝っても恨まないでね」

「そっちこそ。泣き言はなしだよ」


 そうして二人は幼なじみとしてより、深い絆を深めた。


「じゃあ、まずは」

「え? 瞳?」


 瞳は、頭を抱える洋太に向き直す。






 つまり、遠野さんに好きな人はいなかったってことでOK?

 そういうことだよな。

 ……早とちりってこと?


「小宮くん」

「え?」


 考え事が纏まったところで遠野さんに声をかけられる。

 遠野さんはカバンからラッピングされた何かを取り出して手に持っている。


「お誕生日おめでとう! 遅くなったけど、これプレゼント!」

「……あ、ありがとう」


 なんの脈絡もなく渡されたプレゼントに戸惑ってしまう。

 渡した本人である遠野さんは恥ずかしそうに顔を赤らめていた。


「そ、それでね。言いたいことがあるんだ」

「ひ、瞳、何を……っ?」


 そう言った遠野さんにアキが声をかけるも遠野さんは目で合図してそれを止めた。


「私、一年の頃からいっぱい小宮くんに助けてもらっちゃって。同じクラスになれて本当に嬉しかったの」

「お、おぅ……」


 なんだ、この改まる感じ。

 フードコートにいる他の客の喧騒もまるで耳に入らない。

 遠野さんの言葉だけがまっすぐに俺を捉える。


「それでね。私気がついちゃったの」

「な、何を?」


 おい、嘘だろ?

 これって。これじゃあ、まるで……っ。


「小宮くんのことが好きなの!」


 ……………………マジ?



────


全然告白させるつもりなんてこれっぽっちもなかったけど告白させてしまったわ。

さて、小宮くんの回答は如何に。


一方、市川さんの方は……

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