第49話

「あれ? 蒼?」


 男の人の声がして私はその方へ振り返る。

 そこにいたのは和かに手を振る神宮寺くんの姿だった。


「こんなところで何してるんだ?」

「……別になんだっていいでしょう」

「あらら。冷たいな」


 私の方へと近づいてきた神宮寺くんを私は袖にする。

 それでも神宮寺くんはどこかへ行く様子はない。それどころか笑っている。


「そういうあなたもこんなところで一人なのかしら」

「いいや、俺は友達と来てるよ。友達ってか幼なじみってやつかな」

「……そうなの」


 あまり神宮寺くんの学校以外でも交友関係など聞いたことがなかった。

 幼なじみなんていたのね。


「それで蒼は一人なのか?」

「……そうよ」

「そっか。よかったら一緒に遊ぶ?」

「そんな気分じゃないし、私はやることがあるの。放っておいて」


 もう一度、私は彼を冷たくあしらう。


「連。悪い、お待たせ」

「ああ、コウ。別にいいよ」


 そんな時、神宮寺くんの方に別の男の人が近づいてきて、声をかけた。


 この声……どこかで……?


「ッ!」


 そして声のした方を見て、私の心臓の音が跳ね上がった。

 私はその人物から必死で目を逸らす。


 なんで……? どうして……?


 頭の中がそんな疑問でいっぱいになる。

 ドクンドクンと心臓はどんどんと早鐘を打っていく。


「あれ、そっちの子は連の知り合い?」

「ああ。そうだよ。同じクラスの子」

「へぇー」


 そういって、功と呼ばれた彼は私をジロジロと見てくる。

 まるで品定めでもしているかのように。


 私は彼と目が合わないように顔を逸らす。表情に焦りが出ないように。

 緊張感が手に伝わり、汗が滲み出る。


 落ち着くのよ。今の彼は私のことなんて分からないはず。

 大丈夫。深呼吸して。


「可愛い子だな」

「あ……ありがとう。ごめんなさい。私、用事があるから」


 そう言って、私は脇目も降らずに必死にその場から離れた。


 ◆


 蒼が神宮寺たちの元から去り、功と呼ばれた神宮寺の幼なじみとの二人だけがその場に残された。

 二人は去った蒼の背中を見て、話を始める。


「さっきの子、どこかで見たことあるんだよな」

「へぇ。もしかして昔やった相手とか?」

「いや、あんな美人、一度やったら覚えてると思うんだけど」

「それならいいけど。功の手垢がついた子なんてごめんだよ」

「安心しろって。多分、知らん子だから。名前なんて言うんだ? 教えてよ」

「……」

「いやいや、いくらなんでもお前の女に手を出さないってば。多分」

「信用ならないな」


 二人は下世話な会話をしながらその場から移動し始めた。

 傍目に見ればどちらもかなり容姿が整っており、目立つ存在だ。


 それゆえ、すれ違う女の子たちはみな等しく振り返る。

 そして目が合うと二人は爽やかに手を振り、手を振られた女の子たちは色めき立つ。


「さっきの子、狙ってんの?」

「まぁね」

「あーあ、かわいそ。こんな爽やかな顔したゲス野郎に狙われちゃって」

「人のこと言えるの? 君だってすぐに女の子に甘い顔して好き勝手やってるでしょ」

「間違いない」


 二人は軽口を叩き合い、笑いあう。


「にしても珍しいな。連がそこまで執着する相手なんて」

「彼女、あんまり俺に興味ないみたいでさ。それが面白くって。そういう相手、今までたくさん落としてきたから。今回の相手も同じさ。今までよりは手強いけどね」

「出たよ、ドS。それで今まで何人の女を泣かせてきたか」


 女泣かせという点ではこの功と呼ばれる男も同じだった。

 二人は、どちらも化けの皮を被っており、人前では丁寧に礼儀正しく優等生を演じる。

 しかし、裏では女遊びの激しい二面性を持っていた。


「それで名前は?」

「ああ。市川蒼だよ」

「市川蒼……? なんか……聞いたことが……あ」

「どうしたの?」

「ああ。はは。思い出した」


 功はニヤリといやらしい笑みを浮かべた。


「やっぱり知り合いだったんだ」

「そうだな。良いこと教えてやるよ」


 そう言って、功は神宮寺に中学時代の彼女のことを事細かに話し始めた。


 ◆



「はぁ……はぁ……はぁ……」


 気がつけば息をするのも忘れ、早足でずいぶんな距離を駆け抜けた。

 それでもまだ施設内からは出られておらず、もう少し行けば出口、というところだった。


「……ふぅ」


 私は今一度、深呼吸を行い乱れた息を整える。

 ようやく落ち着いてきた。


「い、市川さん!」

「ッ!」


 そんなところへやってきたのは、である、小宮くんだった。


 今、一番来て欲しくないところへ彼が来てしまった。


「やっと見つけた……足早すぎ……」


 小宮くんは膝に足をつき、息を切らす。

 どうやら私を見つけてから必死で追いかけてきたらしい。


 考え事をしていたせいでまったく気がつかなかった。

 それよりも。


「ど、どうしてここに? あなた遠野さんと遊んでいたんじゃないの?」

「あー、そのことなんだけど」


 小宮くんは気まずそうに頬を掻いた。


 何かあったのかしら。ケンカしたとか? でもあの遠野さんがケンカをするとは思えないわね。


「実は今日はもう解散になったんだ」

「……え? どうして?」

「話せば長くなるんだけど……そ、それより、映画館で後ろにいたのやっぱり市川さんだったんだよね」

「え、ええ」

「その……誤解を解きたくて」

「誤解も何もないでしょう? 別に気にしていないわ。それより……」


 私はすぐにでも家に帰りたかった。

 小宮くんとこうやって話していると少しずつ気持ちが楽にはなっていく。

 だけど、こんなにも弱い自分を見せ続けたくなかった。

 彼に頼り続けるのが怖かった。


「市川さん、顔色悪いけど大丈夫?」

「ッ」


 言われてから気が付く。


「な、なんでもないわ。それより、私、もう帰るから」


 彼に心配をかけまいと私は、すぐに出口へと向かう。


「それじゃあ送っていくよ!」

「いいわ。今日は私、一人で帰る」

「いや、そんな真っ青な顔して、一人で帰らせられないよ──ッ!!」


 私は小宮くんの心配を断ち切りように彼の唇に自分のそれを押し当てた。

 困惑した表情が見て取れる。


「ふふ、小宮くん。本当に大丈夫だから。お願い」

「……」


 私はそのまま固まる小宮くんを置いてその場を後にした。


 ◆


「なんだったんだ……?」


 なんだか無理しているようにも思えた。

 だけどこんな公衆の面前でキスされてしまったこともそうだし、あんな風にお願いをされてしまえば聞き入れないわけにはいかなかった。


 周りからはそれを見ていた人たちが「若いっていいわね〜」などと呑気なことを言っていた。


 単純な恥ずかしさと市川さんの突然の変化。

 そして遠野さんに告白されたことも考えると頭が痛くなった。







「あ、あ、あれって……蒼と小宮くん? き、キスしてた? え? え? そ、そういうことなの……? そんな……」


 そしてそれが知っている誰かに見られているとはこの時は露ほどにも思っていなかった。



 ────


 コメ欄でも予想されていた人が出てきましたね〜。流石でございます。

 ゲスイケメンコンビ。


 そして状況は混沌としていきますぜ。

 告白の結果はまた今度!






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