第50話

 週が明けて月曜日。

 私、市川蒼は重い足取りで学校へ登校した。

 本当は休みたかった。


 月曜日は別々で登校しようと昨日の夜、彼に伝えている。

 小宮くんからはOKと書かれた猫のスタンプで返事があった。


 小宮くんには会いたくて堪らなかったけど、会いたくないという矛盾した気持ちもあった。


 こんな時、あの人なら……。

 私は小宮くんをあの人と比べてしまう。


「……っ」


 な、何を考えてるの。

 自分の最低な気持ちに蓋をする。


 このモヤモヤはここ数日で芽生え始めたものだった。

 だけどいくら蓋をしたって溢れてくる。


「ダメね。こんな調子じゃ」


 ため息をついてもこの沈んだ気持ちは一向に晴れない。

 そのタイミングで先生が教室へと入ってきた。


 小宮くんは……休み?

 席に彼の姿はなかった。





 昼休みになり、私は屋上につながる階段に向かった。

 そこで私は一人でお弁当箱を取り出し、お昼ご飯を食べ始める。


 いくら待っても小宮くんはここへはこない。

 ホームルームの時、先生から告げられたのは、今日は彼が風邪で休みとのことだった。


 ホッとしたような残念な気持ちのような。複雑な気持ちが入り混じった。

 それでもここに足を運んだのは一人になりたかったのと、ここに居れば彼を感じられるような気がしたからだ。


「…………」


 相変わらず自分の中の矛盾した気持ちに苛立ちが募った。


「ふぅ……」


 お弁当食べ終わり、ボーッとこの後のことを考える。


 お見舞いに行くべきかしら。

 本来なら行くべきね。でも……。


 私は迷っていた。


「見つけた」

「──!?」


 私が座る階段。

 誰かが下の階から上がってきたと思ったら私に用があるようだった。


「いつもここで食べてたんだ」

「…………」


 そう言って、彼は私の横に座る。

 私は体を少し逸らし、密着しないようにずれる。


「一人? というより、今日は一人って言った方がいいのかな」

「どういう意味かしら。神宮寺くん」


 彼は、相変わらず何を考えてるか分からない笑顔でこちらを見つめる。


「別に友達に隠すことないよね。小宮くんとのこと」

「…………」


 バレていた。

 別にもう言ってしまってもいいと思っていたが、なんとなく神宮寺くんには知られてはいけない気がした。


「それでさ。あの日、功から面白いこと聞いたんだけど」


 そう言って、彼はもっていたスマートフォンを私に見せてきた。

 嫌な予感がした。


「これ蒼だよね」

「……っっ」


 そこに映し出されていたのは、中学の頃の自分。今とは違ってメガネをかけていて鬱蒼と伸びた髪の野暮ったい自分。

 ずぶ濡れで下着姿にされた惨めな自分だった。


 ◆


 休みが明けてまた月曜日がやってきた。

 週明けのだるさもさながら、学校へと向か──おうとしたんだけど、熱が出た。

 季節外れの風邪。


 だるさってこれが原因だったのね。疲れが溜まっていたんだろうか。

 二年振りくらいに引いた気がする。


 そして今日、三日振りに風邪が治ってやっと登校だ。

 その間、みんなから心配の連絡が入っていた。

 その中には遠野さんも含まれており、アキによれば自分が告白したせいで、なんて落ち込んでいたらしい。


 遠野さんらしいけど、告白は全く関係ないと思う。

 確かに告白のことや市川さんのことで頭は悩ませていたけど。 


 市川さんからもあの後は普通に連絡のやりとりをしている。

 お見舞いに来てくれるかなんて期待していたけど、忙しかったようでその願いが叶うことはなかった。


 その代わり、遠野さんやアキ、紗に崎野さんからもお見舞いの打診があったが全て断った。

 移すかもしれないし、何より今のこの不安定な関係性で市川さん以外の女子と会うのはなんだか違う気がした。



 三日振りの登校だけどやっぱり、足取りは重い。


 ラインで連絡しているとはいえ、市川さんとの最後のやりとりがあんな感じだったし、一番は隣に遠野さんがいる。


 一体どんな顔して俺は登校すればいいのか。


 あの日。遠野さんに告白されたことを俺は思い出していた。


 ***


「小宮くんのことが好きなの!」


 遠野さんからのまさかの告白に俺は固まった。

 横ではアキが驚きの形相で同じようにこちらを見て、固まっていた。


 頭の中は真っ白だった。


 あの遠野さんが俺のことを好き……?

 俺が好きだった遠野さんが?

 つまり両想いだったということ?


 じゃあ、俺は遠野さんに告白していれば、遠野さんと付き合えた?


『もし、付き合って私のことを好きになれないのなら、その時は別れてくれればいいわ』


「……ッ」


 俺は頭に一瞬過ぎった最低な考えに頭を振った。


 落ち着け。今は混乱しているだけだと、自分に言い聞かせる。

 こんな経験は初めてだった。


 好きだったと諦めた相手から告白されるなんて。

 しかも別の人と付き合っている状況で。


 何をどうやって答えればいいか分からない。

 そんな俺の困惑を察してか、遠野さんは続いて口を開く。


「でも……でも返事は今ほしいわけじゃないの」

「……え?」


 またもや俺は混乱に陥る。

 じゃあなぜ、という疑問が押し寄せる。


「その……ほ、本当は今日の最後に言おうと思ってたんだけど……その……」

「……!」


 ちらりと遠野さんはアキを見る。アキとの間に何かがあったのか。


「だ、だからね? 急に言われてもその! 小宮くんもそう! 考える時間があったほうがいいかなって!!」


 遠野さんは慌てて、俺の返事を先延ばしにする方向へと持っていく。


「ああ、どうしよ!? は、恥ずかしくなってきたぁ……ぁぁ……」


 今更、俺に告白したことを意識し始めたのか、急激に顔を赤く染めた。

 先ほどから一転、告白までの勢いがどんどんと萎んでいく。


「ど、どうしよぅ……この後、ご飯いく予定だったのに……これじゃあ、恥ずかしくて一緒にいけない……」


 小さく呟いたその悩みまでこちらに聞こえてきた。


「……もう瞳は仕方ないね。よーた」

「は、はい!」


 そこへ先ほどまで静観していたアキが口を挟む。

 幼なじみの今の状態を見ていられなくなったのだろうか。


「瞳がこういうわけだから今日はここまででいい?」

「あ、ああ。俺はいいけど……」


 俺としてもありがたい提案だった。


「ちょ、ちょっとアキちゃん! 何勝手に──」

「勝手にって自分の顔見てみ? 真っ赤っかだよ? まるで茹でタコ。そんな状態でよーたとこの後、二人でデートできる?」

「あぅ……」


 遠野さんは図星だったのか、アキに言われて小さくなる。


 デートって……。


「ご、ごめんなさい。小宮くん。お誕生日祝おうと思ってたんだけど……ま、また

 今度にしても良い?」

「お、俺は構わないけど」

「そういうわけで今日は、解散で。よーたごめんね。私たちはもう少しここにいるから」


 どんどん誕生日と関係ない日になっていく気もしなくはないが、また今度ってことは今度があるってこと?

 そんな約束をしてよかったのだろうか。


 アキは俺に目配せする。俺は二人を残して、その場を後にした。


 なんとなく。今は、市川さんに会いたいと思い、もう一度彼女を探すことにした。


 ***


「おはよう。小宮くん。もう風邪は大丈夫?」

「お、おはよう。遠野さん。もう大丈夫」


 俺が意識しすぎなせいか、遠野さんは前と変わらない。

 俺はぎこちなくなってしまったが。


「よかった。風邪って聞いてびっくりしちゃった。もしかしたら私の告──っ!」


 しかし、遠野さんも意識していないわけではなかった。

 自分で言って思い出したのか言葉に詰まる。


 俺もそれでまた思い出して恥ずかしくなり、お互いに顔を逸らす。


 気まずい……。

 遠野さんの方を横目に見ると顔を赤くしていた。


「……ッ」

「っっ」


 そして遠野さんもまたこちらをちらりと横目に見て目があった。会った瞬間物凄い勢いで目をそらされてさっきよりもっと赤くなった。


 ああ……この空気、いつまで耐えられるかな……。


 俺は一体、いつ答えを出せばいい?

 だけどこの答えは意外にもすぐに出ることになる。








「小宮くん。別れましょう」

「……え?」


 それは市川さんからの唐突な別れの言葉だった。


────


コメント欄がNTRヤメて!!のオンパレードだった。

でも今の流れ完全に市川さんが……いえ、なんでもないっす。


あんまり先の展開の予想を潰すことは言いたくないんですけど、これだけは言っておきましょう。

私、ラブコメでのNTR嫌いですから!!



※お知らせ

ちょっと私の諸事情(プライベート)により、執筆を続けるのが難しい状況となりました。

ここからは書き溜めた分を少しずつ更新していきます。

一応、今作はキリのいいところ、またはその時点で完結をさせようと思っています。

そのため展開が急になっている部分や少しおかしな部分もあるかと思います。ご了承くださいませ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る